6ペンスの唄
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*十五話:独占欲*
希々の恋愛を悉く邪魔してきたのは俺だ。独占欲のままに希々が恋愛に関わることを許さなかった。結果俺のことも意識してもらえなくなってしまったが、それは今からでも取り返せるはずだ。本当に家族だと思っている相手に頬は染めないだろう。
俺だって経験なんてない。他の女に費やす時間があるなら希々に会いに行っていたから。
穏やかな関係を壊したくなくて、俺は意識して希々を性的に見ないよう努力してきた。氷帝の生徒会長でテニス部部長、非の打ち所のない跡部財閥跡取り。そんな俺を示す肩書き全てを捨てられるのは、希々の部屋だけだったのだ。俺は優しい彼女に甘えてきた。
希々が俺の髪を撫でる手つきが好きだった。勝手に抱き着かせてくれる柔らかな身体が好きだった。俺を呼ぶ落ち着いた声が好きだった。
――今までは全部、俺だけのものだった。
それが忍足にも向けられると理解した刹那、俺の箍が外れた。
希々の性格上、家庭教師にしろ塾講師にしろ年下を教えるのに向いていることは間違いない。簡単に想像できる。生徒に向ける甘い笑顔、仕事用に割り増しされた褒め言葉。
どうせ彼女は生徒に触れて――時に抱き締めて言うんだ。よくできました、と。
俺だけの希々なのに。
相手が高校生だろうが小学生だろうが希々に甘やかされるのは許せない。そのポジションは俺の、俺だけのものだ。誰にも譲らない。
「……希々……」
先日、もう一度愛しい唇を奪った。俺が何をされたわけでもないのに、希々の吐息や体温、喘ぎ声は俺から理性を奪っていった。
もっと、もっともっと欲しい。初めてあんたの身体に触れるのは俺でいいだろ。全部くれよ。俺に。
喉にいくつか散ったキスマークに充足感が生まれては新たな欲が顔を出す。
「…………希々……」
初めてのキスもこれからの初めても全部、俺でいいだろ。なぁ、希々。
今日は珍しく、希々が家に来た。たとえ家の遣いだとしても彼女から家に来てもらえることは嬉しいし、顔を見られるだけで嬉しい。
俺の部屋で課題のチェックをしていた希々に温かい紅茶と彼女お気に入りの洋菓子を出し、冷えないよう毛布を用意してやれば、一時間を待たず寝息が聞こえ始めた。
俺の下心など考えもしていない。予想通りの反応に少しだけ苦笑した。
あれだけ手を出されているのに、何故こいつはこんなにも無防備なのだろう。
俺を意識していないなら赤くならないだろ?
でも、俺を信用していないなら一人で来たりしないだろ?
首元の薄いマフラーを外し、自分の所有印を確認した。
――ああ、あの日から俺は希々の寝顔にさえ欲情している。
自覚しているが、抑えるつもりはない。ガラステーブルに突っ伏している希々を後ろから抱き締めて、胸いっぱいにその香りを吸う。
――この匂いが俺を狂わせる。
眼前の左耳に唇を寄せた。ほんのり冷えた耳朶を唇でなぞり、舌先で輪郭を辿る。わざと何度もリップ音を立てて口づけ、ちゅ、と響く音と一緒に手を動かす。前回と逆に腰から臍にかけてそっと指先を忍ばせた。
「ん……? あれ、わたし寝ちゃってた……?」
素肌に触れられたことで目を覚ました希々には悪いが、俺は止めるつもりがない。
「ふわぁ…………もぅ、けーご……どこさわってるのー」
「……どこだろうな」
寝ぼけている希々は、俺がいつものように甘えて抱き着いたと思っているらしい。折角警戒されていないのだから、今のうちに柔らかな肌を堪能してしまおう。
頭の中は完全にそれ一色だ。
初めて直に触る、華奢な身体。そう言えば前に腹に肉がついたとか言っていた。下腹部をするりと撫でると、ぴくりと肩が揺れた。
この部屋には俺達二人しかいない。幼なじみだから、たとえ希々が帰れなくても彼女の家に俺から連絡すれば問題はない。
――恨むなら、一人で俺の部屋に来た自分を恨めよ。
耳から肩にかけ、首筋に舌を這わせて吸い上げる。合間にキスを落とすと、遅ればせながら俺を熱くする声が上がり始めた。
「、ん…………っ、ぁっ、……けぃ、ご…………っ?」
「……あぁ、どうした?」
「な、に、して……っ」
暖房の効いた部屋で満腹になれば当然眠くなる。眠くなれば反応も鈍る。それを狙っていたのだから計画通りだ。
「まずは首を堪能してる」
「まずは、って……っちょ、何してるの!」
ようやく覚醒した希々が抵抗を始めた瞬間、服越しに強く抱きすくめる。抵抗を封じる意図の力に、希々は息を飲んだ。
「痛……っ、痛いよ景吾、」
俺は構わず、艶やかな髪をよけつつ白い首筋に口づけ続けた。時折吐息を混ぜると希々は面白いようにびくりと跳ねる。首が弱いという情報に、俺の興奮は高まっていく。
「ゃめ、景、吾っ…………ぁっ、ゃ、……っぁ……!」
あと3時間聞いていたい。録音して毎晩世話になりたい。肩を震わせて色っぽい声を漏らす希々は、否が応でも俺の体温を上げる。
――抱きたい。誰にも触れられたことのない身体を暴いて、全てを俺のものにしたい。
それは間違いなく本音だったが、同時に俺は嫌という程よく知っていた。
今ならまだ甘え甘やかされる元の関係に戻れる、ということを。
「……」
正面から希々の感じている顔を見ていたら、止まれなかった。俺は健全な男子高校生としてギリギリのところで踏みとどまっている。……まぁ、今日はこれくらいにしておこう。甘えられる特権を奪われるのは我慢ならない。
俺は色っぽい項へのキスを止めて、彼女をぎゅっと抱きしめた。
「…………ちっとは意識したかよ、馬鹿希々」
荒い呼吸の希々は力を失い、俺に寄りかかるようにして息を整えている。
男慣れしていない反応に膨らむ支配欲。
だが今後警戒されすぎて彼女に触れられなくなるのは困る。俺が耐えられない。
「……俺だって男なんだよ。…………お前が欲しいのを我慢してんだよ、この鈍感女」
「け…………ぃ、ご…………」
「何だよ」
「み……みもと、で、しゃべらないで…………っ、ぁ……っ」
「……っ!」
この状況でそんなことを言うなんて煽っているとしか思えない。本当にこの幼なじみは、男心を知らなすぎる。いや、そう仕向けたのは俺だが、まさかここで自分に返ってくるとは思わなかった。
「っほら、もう帰れ! 送って行く!」
俺は立ち上がり、コートを羽織った。
「ぅん…………」
まだ陶然とした表情の希々は、何が起きたのか理解しているのだろうか。
「けぃご…………」
蕩けた顔を向けられて舌足らずに名前を呼ばれる。
「…………っあぁ、くそっ!」
希々の腕を引き上げて立たせ、勢いで唇を奪う。堪えきれなくなった口づけを数度落とし、心頭滅却してから運転手を呼んだ。
「希々ん家まで送って行く。俺も行く」
どこか心ここに在らずといった風だった希々は、帰りの車に乗った途端また寝やがった。俺の肩に頭を乗せて相変わらず無防備に寝息を立てる。疲れはあるんだろうが、それにしても頼むからもう少し危機感というものを持ってほしい。
これからは恋愛から遠ざけるだけでなく男を警戒させるよう誘導しなければ。
決意した俺の口から、それはそれは長いため息が漏れたのだった。