6ペンスの唄
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*十四話:隙だらけ*
あの日を境に、景吾はまた私の部屋に居座るようになった。何をするでもなくそこにいる日もあれば、生徒会の仕事を持ち込む日もある。
もう以前のような関係に戻れないのではないかと密かに危惧していた私は、内心ほっとしていた。
「景ちゃんちょっと手退けて」
「……ん」
侑士くん用の課題を作るのに邪魔だった手を退けさせると、もぞもぞと寝転がって動き出し、私の膝に頭を乗せてくる。いつもの癖で綺麗な髪を撫でているうち、景吾が静かになった。
「うーん」
ここ最近の侑士くんはどんなに難しい問題を作っても正解してしまう。時間はかかってもいつも満点を叩き出すものだから、私も意地になって難しい問題を考えている。今日はどんな引っ掛け問題を用意しようか。
「…………希々……」
小さく呟いた景吾の声は耳に入らず、プリントとにらめっこする。と、するりとお腹に腕が回された。景吾が私に甘えたい時抱き着いてくるのには慣れているので、好きなようにさせてあげる。
しかし次の瞬間、景吾の手がブラウスの裾から入り込んで腰に直接触れた。冷たい指先に、思わず「ひゃっ!」と声が漏れる。
「ちょ、景ちゃん、寒い!」
「…………」
景吾は無言で私のお腹にぎゅうっと抱き着く。おかげで景吾の顔は見えない。その仕草は可愛いのに、腰に触れる手つきは私の知らないものだった。
「景、ちゃん……?」
私で暖を取ろうとしているのかと思ったが、どうも様子が違う。大きな手のひらがゆっくり身体の線をなぞる。擽ったくて軽く腰をひねると、敏感な脇腹をすっと撫でられた。
「……っ!」
声が出そうになり、慌てて唇を噛む。
意識はプリントから半ば無理矢理逸らされ、握っていたシャーペンも指から落ちてしまった。
「け、ぃちゃ…………っ!」
景吾は片手で私の素肌に触れ、もう片方の手で自分と私とをぎゅっと密着させている。片手しか使っていないのに、私が両手でもがいても離れることができない。
「景ちゃん、離し…………っぁ、」
腰から背中にかけて緩慢に辿っていく手のひらに、ぞわりとした感覚が走った。一度出てしまえば声を抑えることは難しくて、私は強く目を瞑った。
「ゃめ、景、吾…………っ!」
あんなにひんやりしていた景吾の指先はもう熱くて、私の素肌を滑る動きがいやらしい。逃げたいのに物理的に離れられない私の口から、勝手に吐息が漏れる。
「ん…………っ!」
身を捩っても景吾は私を自由にしてくれなかった。
いつの間に片手で私を抑え込めるほど力が強くなっていたんだろう。あの頃はあんなに小さかったのに。……などと昔に思いを馳せたのがいけなかった。抵抗の弱まった一瞬で私はフローリングに引き倒され、唇を塞がれた。
「……っ!」
景吾の両手が私の両手を床に押し付けていて、今度こそ本当に動きを封じられてしまった。唇を食まれるたびに熱い吐息が頬を掠める。私の息だけでなく景吾の息も荒い。
どうすればいいのかわからず、ぎゅっと目を閉じて歯を食いしばる。
私の唇を啄み、やんわりと歯を立て、吸っては熱い息を漏らす幼なじみの唇に、戸惑いを隠せない。
うっすら目を開くと、眉間に皺を寄せ上気した頬で私にキスをする景吾の表情があった。切れ長の瞳が色っぽく閉じられていて、どくん、と胸が音を立てる。
「……っ、」
やがて長いような短いような口づけが終わった。ちゅ、とリップ音を立ててようやく呼吸を許してくれた彼は、ぎらついた眼差しで私を見下ろす。
「……隙だらけだな」
「そん、な、こと、」
「どうせ忍足ともこういうことしてんだろ?」
否定はできないけれど、侑士くんは優しい。そもそも侑士くんはこんな風に私を押し倒したりしない。
私は首を左右に振った。
「景吾、離して。気を抜いた私も悪かったけど、ふざけるのもいい加減に、」
「――誰が、ふざけてるって?」
薔薇の香りが近付いた。ふわりと鼻先を擽って、薄く形のいい唇が首筋に押し付けられる。右首筋に鈍い痛みが走って、私は喉を反らした。
「ん……っ!」
外気にさらされた喉にも、ちくりとした痛みが訪れる。びくりと大きく跳ねた私を宥めるように、生あたたかい舌が何度もその印をなぞった。
「ゃ……景吾、何して……っ」
「……マーキング」
「はあ!? ちょ、離して、ぁ…………っ」
やめて、と会話することもままならない。喉からは勝手に引き攣った声が出てしまうし、景吾の舌や唇が肌に触れるたびそこが異様な熱を持つ。手で触れられたことは何度もあるけれど、こんな妙な感覚に陥ったことはなかった。何かが、違う。恋愛経験のない私にもかろうじてそれは感じ取れた。
「景、吾…………っ!」
「あいつに触らせんなよ。……希々は俺のだ」
最後に唇を奪って、景吾は部屋を出て行ってしまった。残された私は呆然とドアを見つめることしかできなかった。