6ペンスの唄
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*十一話:秘密の関係*
私は人生で初めてのことに混乱していた。
以前とは違い本気だと告白する景吾は知らない男の人みたいで、半ば無理矢理奪われたファーストキスがいまだに忘れられない。
なのに。
「ゆ……っし、くん…………! 忘れていい、って、言ったのに…………っ!」
課題を渡して数分後、全問正解のプリントが机の上に舞った。
フローリングに押し倒されて、角度を変えながら触れるだけのキスが繰り返される。
「ん……っ」
「あぁ、忘れてええよ。……忘れられるなら、な」
「そんな、の、ずるい、きゃ…………っ!」
景ちゃんからの告白を断れと言って私のセカンドキスを奪った侑士くんに、私はいいように振り回されていた。あの日以降今までとは比べ物にならない集中力と頭の回転で、侑士くんは私の作る課題全てを初見でクリアするようになった。そして余った時間で私に触れる。抱きしめられるだけの日もあれば不意打ちのキスで足腰立たなくされる日もあり、私を取り巻く環境はジェットコースターのように変動していた。
勉強を教えることはできても恋愛はむしろ教わりたいほど初心者の私だ。こんな恋愛マスターみたいな子をいなせるわけがない。
「ゃ、やめよう? ほら、お母さんに聞こえちゃうから、」
私は何とか侑士くんの肩を押し返し、体勢を立て直す。
「聞こえたらどうするん?」
「いや、私クビになっちゃうから」
「……それは困るわ」
今日の試練は終わったかと思いきや、今度は両頬を包まれた。
「へ!? …………っん…………っ!」
何だかよくわからない爽やかな甘い香りに頭がくらくらする。侑士くんの香水なのか柔軟剤の香りなのか、それすらも私には判別できない。
焦らすようにゆっくりと啄んでいく唇から、とても未成年とは思えない色っぽい吐息が漏れた。
「……せやからせんせも、声我慢してな」
「……!!」
暴論だ。逃げようとしたが身体に力が入らない。
ファーストキスもつい先日の私には呼吸の仕方もわからず、冷静な思考も働かず、言われるがまま必死に声を抑えた。
侑士くんが離してくれれば全て解決するのだが、彼にその気は全くないらしい。いつの間にか侑士くんは眼鏡を外していて、より激しいキスが降ってきた。
食べられているんじゃないかと思うこの感覚が“キス”だなんて信じられない。
もはや唇の感覚が麻痺し始めた頃、ようやく解放された私は目を回しながら彼の胸に倒れ込んだ。
肩で息をする私に、裸眼の侑士くんがにやりと笑う。
「……希々せんせが来てから俺がどんだけ我慢してたか…………希々せんせが来る日を俺がどんだけ待っとるか。……少しは伝わった?」
頭が回らない。
酸素が欲しい。
何が何だかわからずとにかく頷くと、侑士くんが再び唇を重ねてきた。
「も…………む、り………………」
掠れた声で訴えると、藍色の瞳が細められた。
「……しゃあないなぁ…………今日んとこはこれで帰したる」
このやり取りだけで放り出されれば私はセクハラの被害者として勢いよく家庭教師を辞めることができる。
なのに。
「…………希々せんせ、好きや。次の期末では1番取ったるから…………辞めんといて…………」
どれだけ強引なことをしても、侑士くんは最後に私を抱き寄せて優しく背をさすってくれる。私の息が整う時間まで計算されているので、文字通り彼の手のひらの上で踊らされているのだとは理解している。けれど、何をするでもなくゆっくり背中を撫でられるその時間は穏やかで。
「…………侑士くん、……眼鏡なくて、見えるの……?」
部活で鍛えられている代謝のいい腕の中は温かくて。
「希々せんせ知らへんかった? これ、伊達やねん」
「それ意味なくない?」
心地好いのだ。このクールダウンタイムが。いつもこの時私は目を閉じていると気付いたのは最近のこと。
「裸眼やと恥ずかしいねん」
「……こんなことを教師にしておいて、恥ずかしいとかどの口が言うの」
侑士くんは喉の奥でくつくつ笑う。低い声が耳元で囁いた。
「……確かにそうやね。せやからこれは…………俺と希々せんせだけの秘密、な」
初めてのアルバイトでとんでもない生徒を受け持ってしまった。
しかし課題を真剣に解く横顔や、迫る時は私の体調を鑑みてくれているらしい配慮に若干絆されている自覚はある。何しろ生きてきた中で初めての経験だ。告白されたのなんてそれこそ小学生時代以来だし、大学に入ってからもほぼ景ちゃんとしか関わってこなかった。
人生にはモテ期が存在すると誰かが言っていた。私は今がそれにあたるのだろうか。漠然と、そんなことを考えた。