6ペンスの唄
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*九話:男として見てくれ*
日々靄が溜まっていくようだった。
忍足は学校で『跡部、希々せんせの好きな色知っとる?』『希々せんせってモテるん?』等々希々の情報を仕入れたがる。俺はそのたび『知らねぇ』と返す。誰が教えるか。
目に見えない不安が積もるたび希々の部屋に行った。
だが希々は希々で、侑士くんの様子はどうなのか侑士くんは元気なのかと忍足の話しかしない。おかげで俺のストレスゲージは振り切れていた。
忍足のことなんかどうだっていいだろ。あいつだって自分のことくらい自分でどうにかするから放っとけよ。俺が目の前にいるだろ。何で今までみたいに俺のことだけ見てくれねぇんだよ。
「……馬鹿希々」
今の忍足は希々にとって生徒なのだとわかっていても割り切れない。
「……希々?」
希々の香りが漂う部屋。窓からぽかぽかと温かい日差しが降り注ぐ。顔を上げると忍足の教材を作っていた希々は、いつの間にかうたた寝をしていた。椅子にもたれて無防備な寝顔をさらしている。
「…………」
俺はそっと彼女に近寄り、その寝顔を見つめた。
俺の告白は届かない。
知っている。俺の自業自得で俺の言葉は重みを失った。
俺の存在は弟のようなものでしかない。
知っている。意識している相手の額にキスなんて簡単にはしない。
「…………希々……」
――俺を、意識してほしい。
今まで希々はその鈍さ故に男と付き合ったことがない。正確には、希々に好意を寄せている奴等をそれとなく俺が排除してきた。時には希々が俺の彼女であるかのように牽制した。いくら年下とはいえ跡部景吾の女に手を出す猛者はおらず、おかげで希々は告白されることもほとんどなかった、はずだ。希々にモテる自覚がないのは俺のせいでもある。
これまでのように希々が誰のものにもならず、俺だけを見て俺だけを抱きしめてくれるならそれでよかった。なんだかんだで俺を甘やかす彼女に俺も甘えてきたし、俺と希々しかいない日常は穏やかで心地良かったから。
だが何やら画策しているらしい忍足と、忍足のことばかり気にかける希々を見ていて湧き上がる衝動。
――希々は俺のだ。誰にも渡さない。
俺達の間に土足で踏み込まれるくらいなら。俺から太陽を取り上げるなら。希々の心を奪われるくらいなら。
敢えて曖昧にしてきた関係を終わりにしてでも、俺は男として意識されたかった。隣に立って彼女を俺のものだと言う権利が欲しかった。
もう抱きしめてもらえなくなるかもしれない。避けられるかもしれない。恐怖は確かにある。
それでも、知り合って間も無い女たらしに俺達の絆を掻き乱されるくらいなら、俺は賭けに出ると決めた。
「……希々」
呼んだだけでは起きないことを確認する。
「希々…………」
滑らかな頬に触れても彼女は寝息を立てている。
「…………っ」
心臓がすごい速さで緊張を伝えてくる。
思い出すのは希々の笑顔ばかりだ。
『景ちゃん!』
『景ちゃん?』
『景吾!』
――――好きだ。愛してる。
今度は俺がお前を守りたい。
「……好きだ」
壁に左手を付き、右手で希々の顎を引き寄せた。
高鳴る鼓動。心臓の音が耳まで振動を伝える。
そっと唇を重ねた。
「ん…………」
希々が身動ぎする。瞼がふる、と震えて、ゆっくり瞳が開いていく。
焦点すら合わない至近距離。時が動き出す。
「…………、……っ、ん…………!?」
自らの置かれた状況を理解するまでに数秒を要した希々が、俺を突き飛ばそうと手を伸ばした。しかしその反応は想定通りだ。俺は彼女の両腕を纏めて掴み、椅子ごと壁に押し付けてキスを続けた。
「……っ、ん……っ!」
いつも額に触れてくる唇は食んでも柔らかくて、鼻にかかった声は初めて聞くもので。首を左右に振って拘束から逃れようとしているようだが、空いた片手で押さえるのは容易かった。
「んん……っ!」
何か言いたげな唇を軽く吸えば、細い肩が跳ねた。
全身で抵抗を捩じ伏せられ、戸惑う希々の息だけが上がっていく。
「…………っ!」
彼女が酸欠になるんじゃないかと思うほど長くその体勢を続けた俺は、希々の限界を察してようやく唇を離した。
「…………っぁ…………」
息荒く、力を失った身体が倒れてくる。
ガタン、
椅子から音を立てて崩れ落ちた希々を抱きとめながら、俺は告げた。
「……希々が好きだ。愛してる。……女として希々が好きなんだ。…………もういい加減俺のこと、男として見てくれよ」