ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*八話:知らないのは君だけ*
何故か幸村は、希々に刺々しい言葉を投げかける。裕太のことや、裕太を彷彿とさせる単語。希々が裕太に失恋したことは察しているはずなのに、わざと傷口を抉ろうとする。それらから希々を守りたくて遠ざけていた僕は、ある日気付いた。
おかしい。
意地の悪いことを言われているのに、希々は幸村に怯えていない。幸村のことを嫌いだと言わないし、むしろ幸村の方ばかり見ている。何かの、タイミングを見計らうかのように。
僕の知らない何かが二人の間、あるいは希々の中にあることは明白だった。
僕は湧き上がる不快感を押し殺し、尋ねる。
「……ねぇ希々。もう裕太のことを吹っ切って、今度は幸村を好きになったの?」
希々は首を横に振った。
「幸村先輩には感謝してるけど、好き……とか、そういうのじゃないよ」
その言葉に、ぴく、と反応する。
「……幸村”先輩“? 今までは幸村さんって呼んでいたよね?」
「幸村先輩に、そう呼んでほしいって言われたから」
呼んでほしい。幸村がそう言った?
わけがわからない。僕の大事な幼なじみを傷つけておいて、先輩と呼ばれたい?
小学生なら、好きな子に意地悪したくなる照れ隠しも通用する。しかし大学生でそんな馬鹿な話もないだろう。
そもそも希々は、どうしてその願いを受け入れたんだ?
「……希々は、裕太のことばかり言われるのに、幸村のことを苦手だとか嫌いだとか言わないね」
希々は僕を見ない。幸村の方ばかり見ながら答える。
「幸村先輩ね、周ちゃんが思うほどひどい人じゃないと思うよ。ちょっと意地悪な時もあるけど、二人だけの時はすごく優しいもん」
「……二人、だけ?」
いつのことだ。僕は常に希々の傍にいたはずだ。……いや、本当に?
僕が試合で幸村は休憩の間。
僕が女子に呼ばれている間。
僕が希々を捜している間。
思い当たる節はある。
……それだけか?
サークルに来る前、大学内で僕の知らない間に会っている可能性はないか?
「二人の時の幸村先輩は、周ちゃんとおんなじくらい安心でき、」
「――ねぇ、希々」
言葉を遮って細い腕を掴むと、ようやく彼女の視線が僕に向いた。
僕はこんなにも君のことしか考えていないのに。僕の方がずっと長く君のことを想っているのに。君が裕太を好きになるよりも前から、僕は君のことが好きだったのに。
「周ちゃん?」
苛立ちから、思わず全ての想いを口にしてしまいそうになって唇を噛み締めた。
僕はゆっくり希々の中から裕太を消していくつもりだった。でも、それでは遅いのかもしれない。
他人には希々は、ただの甘えたがりにしか見えないだろう。深く関わった者だけがわかる、希々の持つ優しさと包容力。
守っているつもりが守られている。笑顔にしてあげるつもりが笑顔にしてもらっている。僕にはできない、素直な表情の変化。涙、満面の笑み、無垢な心のままに一途な、君の横顔。
ずっと見てきたんだ。今更、ぽっと出の幸村なんかに渡せるものか。
「……周ちゃん…………? どうしたの? 何か辛いこと、あった……?」
ほら。君は僕の動き一つで、僕の全てを見透かしてしまう。
さっきまで幸村の方を向いていた意識はもう、僕を心配するものに変わっている。僕の指先をきゅっと握る、小さな手。上目がちに見上げてくる大きな瞳。
「私は周ちゃんの味方だよ」
「――――」
味方なら、次は僕を好きになってよ。せっかく裕太のことをゆっくり忘れさせようと思ったのに、会ったばかりの幸村なんかに心を動かさないで。見せないで。その傷を癒すのも広げるのも、僕だけだろう?
「……幸村と、サークル以外の場所でも会ったりしてる?」
歪んだ欲に蓋をして、僕は少しの弱音を吐いた。そうすれば希々の意識は完全に僕を元気付けるために動き出すからだ。
希々は僅か目を丸くして、笑う。
「周ちゃん、やきもち? 私、サークル以外の場所で幸村先輩と会ったりしてないよ。サークル以外で一緒なのは、友達と周ちゃんだけだよ」
「…………でも最近、幸村のことばかり見てるじゃないか」
「ごめんね、ちゃんと周ちゃんの応援してないって思われちゃった? 今日の試合はいつもの3倍、周ちゃんの応援するね!」
周ちゃんもやきもちなんて妬くことあるんだね、そう言って笑う希々の身体を抱きしめて、僕は彼女の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
僕もやきもちを妬くことがある、どころか嫉妬と独占欲の塊だなんて、とうに自覚している。
知らないのは君だけだよ、希々。