ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*七話:幸村先輩*
端から見たら馬鹿みたいな私を、幸村さんは否定しないでくれた。抱き締めて、頭を撫でてくれた。
周ちゃんがスポーツドリンクを手に戻ってきた時一悶着あったけれど、幸村さんは私を慰めてくれただけだ。そう言って、周ちゃんを宥めた。
……この日から、だった。
周ちゃんのいるところでは、幸村さんは意地悪なことを言う。
でも、二人だけの時はすごく優しい。
私には理由がわからなかった。
とは言え、優しい幸村さんと意地悪な幸村さんなら前者の方がいいに決まっている。幸村さんは私の恋心を笑わなかった。真剣に、自分のテニスと同じように考えてくれた。あの日の言葉は本当にうれしかった。
たかが恋愛で、どうしてそこまで落ち込んでいるのかと非難されることを、私は心の奥底で恐れていたから。
周ちゃんだけじゃない。私の恋を、傷を、軽視しないでいてくれる人。
「……幸村さん!」
「希々ちゃん」
周ちゃんが私を心配してずっと傍にいてくれていることはわかっているけれど、私は幸村さんにも感謝を伝えたかった。
周ちゃんが私の隣から離れたのを確認してから、私は幸村さんに駆け寄った。
「あの…………っ、ありがとうございます! 私……少しだけ、前を向けるようになりました。裕太と彼女さんが一緒にいるところを見ても、逃げずにいられるようになったんです」
幸村さんはやっぱり、周ちゃんがいないところではすごく優しい。今も、柔らかく微笑んでくれる。
「……そうか。頑張ったんだね」
「…………っ!」
むしろ、その言葉に涙が滲みかけた。ぶんぶん、と頭を横に振って、私も笑顔を向ける。
「幸村さんがいなかったら……私、自分の傷と向き合えなかったです。幸村さんの……その、病気のことを聞いて、私もちゃんと自分の気持ちと戦おうって思いました。だから…………もし、幸村さんが辛い時や不安な時、私にできることがあれば言ってください。私、お返しをしたいです。いつも、」
言いかけている途中、周ちゃんが戻ってくるのが見えた。私は慌てて自販機の影に隠れる。茂みの内側にしゃがめば、外からは見えないはずだ。
「……希々ちゃん、何をやってるの?」
「優しい幸村さんの時に言いたいことを伝えたいんです。私、隠れるので、周ちゃんに聞かれても私の居場所は知らないって言ってください!」
私の摩訶不思議なお願いにも、幸村さんは神のごとく対応してくれた。
幸村さんに尋ねる周ちゃんの声が、自販機越しに聞こえる。
「幸村、希々を見てないかい?」
幸村さんが「いいや」と答えると、周ちゃんの足音が遠ざかっていく。
私は内心見つかることにびくびくしていたので、ほっとして茂みから顔を出した。
「……不二から逃げていいの? 後で何をされるかわかったものじゃないだろうに」
「? 周ちゃんは過保護なだけですよ。おかげで私、せっかく新しいサークルに来たのに、いまだに幸村さんとしか話せてないんですから。ちょっとくらい一人で行動させてほしいです!」
頬を膨らませると、幸村さんは笑いながら私の髪に付いた葉っぱを取ってくれた。
「それで、隠れてまで希々ちゃんは俺に何を伝えたかったのかな?」
私は幸村さんに、しゃがんでもらうようジェスチャーで示した。首を傾げつつ、従ってくれた幸村さんの頭をそっと撫でる。
「……!」
「いつも、頑張ってるのは幸村さんもです。サークル長として、テニスプレイヤーとして、学生として。幸村さんは私に頑張ったねって言ってくれました。だから私からも……」
緩くウェーブのかかった綺麗な藍色の髪を撫でて、私は微笑んだ。
「よく頑張りました、幸村さん」
幸村さんは目を丸くしてから、小さく吹き出した。
「……君は、不思議だね」
「そうですか?」
「……うん。…………頭を撫でられるなんて、何年ぶりだろう」
嫌がられているのかと不安になったけれど、気持ち良さそうに細められた目を見て安心した。
「…………ねぇ、希々ちゃん」
「はい」
「一つ、お願いがあるんだ。ずっと言いたかったんだけど……」
「? はい」
今度は幸村さんが私の頭を撫でた。
「その”幸村さん“っていうの、なんだかむず痒いからやめてくれないかな? もう同じサークルメンバーなのに、他人行儀な感じで俺は違和感があるんだ」
「! すみません、気付かなかったです。そうですよね、もう同じサークルの先輩なんだから……幸村先輩、で、いいですか…………?」
幸村先輩は、嬉しそうに頷いてくれた。いつもより少しだけ幼い笑みに、胸がとくん、と音を立てた。