ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*六話:瞳*
あの日、どうして泣いていたのか。俺はそれが気になっていた。不二に訊いても口を割るとは思えない。かと言って、直接希々ちゃんに訊くこともできなかった。本当に彼女がいる所全てに、不二がいたから。
俺が近付くだけで希々ちゃんの背を押して距離を置く。もはや独占欲の塊だ。
彼女の肩を抱いて、当たり前のように傍にいる。挨拶の時でさえ、隙一つ見せない。
――だけど、あの時泣いてる彼女を隠してあげたのは俺だ。俺にだって、事情を訊く権利くらいはあるだろう。
そう思って、カマをかけた。
『……ねぇ、希々ちゃん。テニスは好き?』
『じゃあ、不二裕太とどっちが好き?』
それまで光っていた瞳に、ヒビが入った。恐ろしいものでも見たかのように、拒絶の色が向けられた。
本当は、泣いていた理由なんて見当がついている。不二裕太とうちの一年生が付き合い出した、という噂が流れた時から。
最初は親切にしてあげようと思ったのに、どうして今の俺は彼女を傷付ける言葉を選んでしまうのだろう。
希々ちゃんのことが嫌いなわけではない。好きでも嫌いでも、ないはずなのに。
俺は自分でも不思議に思っていたが、彼女の見開かれた瞳を見た瞬間理解した。
――――やっと俺を見た。
ずっと、不二裕太のことしか見ていなかった瞳。その眼差しが行方を失ったかと思いきや、今度は兄の方にしか向かない。正確には、向かないよう仕向けられている。
不二は当然のように、彼女を自分の傍に置いている。
付き合っているわけでもないのに、何故?
幼なじみというだけで、まるで彼女を自分のもののように扱う。
俺はそれが、嫌だったんだ。
「……希々ちゃん」
「ゆ……きむらさん、」
ベンチで休んでいる希々ちゃんの顔色は、先刻よりは明るくなっていた。不二は何か飲み物を買いに行ってくる、と言って席を外したところだ。
ようやく二人きりになれた俺は、頭を下げた。
「さっきはごめん。無神経なことを聞いたね」
「あ、……いえ…………」
「あの日君が泣いていた理由を知りたかったんだ。俺は、誰かがあんなに泣くのを見るのは初めてだったから」
希々ちゃんは、俺に敵意がないとわかったからか、肩の力を抜いた。
「……そう、ですよね。助けていただいておいて、理由もお礼もないなんて……私の方が失礼でした。すみません」
「隣に座っても?」
「あ、はい! どうぞ」
希々ちゃんは、自嘲するように笑った。
「…………失恋が原因なんて、笑い話ですよね」
「どうして? 君はそれだけ彼のことが好きだったんだろう?」
「……え…………?」
俺は空を仰いだ。
「……俺も、大好きなテニスができなかった頃があったんだ。病気でね」
「、お体の方は……?」
「今は元気だよ」
テニスができなかった時。立海のみんなに苦労をかけたが、俺が泣くことはなかった。泣いている暇があるならその時間を使って、負担のないレベルでのリハビリ、イメージトレーニング、データの分析をしたからだ。ラケットを握る感触は常に傍にあった。立海のジャージが俺を支えてくれた。
恋愛でそんな風に誰かにのめり込んだことはないけれど、恋の傷を癒す方法はきっと、時間をかけるしかないのだろう。泣くしか、ないのだろう。リハビリもイメトレもない。できることなんて、ないから。
「テニスと恋愛を同列に考えるのはおかしいかもしれないけど……君が裕太君を見る眼差しは、全身で好きだと叫んでいるみたいだったから」
「私……っ、知らない人からもそんな風に見えてたんですか……っ」
希々ちゃんの声が震えた。
「…………ごめんね。泣かせるつもりじゃなかったんだ」
希々ちゃんは俯いて、何度もかぶりを振った。
「……っ知らない人から見てもわかりやすいくらい、好きってアプローチしても気付かれなくて…………っ、叶わないどころかちゃんと告白もできなくて……っ、私、馬鹿みたい…………っ!」
希々ちゃんはもう一度、繰り返した。
「馬鹿みたい……っ」
ぽた、と落ちる涙は出逢った日と同じ悲しみに満ちていて、俺は思わず彼女を抱き寄せていた。
「馬鹿みたいなんかじゃない」
「……っ、」
震える手が、背中に縋り付く。
「馬鹿みたいでも、滑稽でもない。……一途で、俺には眩しかったよ」
「……っ!」
この涙を止めてあげたい。俺にはどうしたらいいのかわからないけれど、そう、思った。