ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*五話:不穏な空気*
僕の提案に頷いて、希々はサークルを移った。今日は顔合わせの日だ。新しいメンバーを前にして、初めての挨拶で緊張している希々の背に手を添え、優しくぽんぽんと撫でる。
「……っ藍田希々です。よ、よろしくお願いします!」
「やあ、また会ったね、希々ちゃん」
幸村は笑顔で希々に声をかける。
「幸村さん! その節はお世話になりました!」
もう幸村は関係ない人間ではない。サークル長として、挨拶くらいは認めざるを得なかった。できることなら、もう僕以外の男と関わらせたくないんだけど。
僕はため息をついて、周囲を見渡した。希々に邪な興味を抱いていた男は予め排除しておいたから、今は平和なはずのこの場所に、それでも拭えない違和感。
「いや、少しでも君の役に立てたなら嬉しいよ」
「あの、ほんとに……ありがとうございました。幸村さんがいなかったら私、……大学で笑いものになってたかもしれません」
「そんなことにはならないと思うけど……君を見つけられたのが俺でよかったよ」
――幸村だ。
希々に気があるのかと訊いても否定する。希々の知り合いなのかと訊いても否定する。なのに、言葉の端々から何か引っかかるものを感じる。
「希々ちゃんは、テニス好きなの?」
「はい! あんまりスタミナはないですけど……」
「そうなんだ。よかったら俺と打ってみない?」
「え!? い、いきなり幸村さんとですか!?」
僕は慌て出す彼女の背から前に出て、幸村に向けて口を開いた。
「……初めての場所で希々は緊張してるんだ。ラリーなら幼なじみの僕が引き受けた方が、サークルにも馴染みやすいだろう?」
幸村は穏やかに微笑んで返す。
「新しいメンバーの力を俺自身で測っておきたかっただけだよ」
「そんなの、僕とのラリーを見れば君ならすぐわかるよね」
「…………」
「…………」
無言の空気に、希々は自分が原因だと思ったらしい。僕のジャージの裾をくいくい引っ張った。
「私、周ちゃんとで大丈夫です。幸村さんみたいにすごい人と打ったら、呆れられちゃいます」
ほとんど初対面の幸村と僕なら、僕を選ぶのは当たり前だ。わかってはいても、その選択に頬が緩む。
「……希々。僕で、ってどういうこと? 僕だってそれなりのプレイヤーだと思うんだけど」
希々は僕をじとっと見やる。
「そんなこと知ってるよ! でも周ちゃんは私のレベル知ってるから、今さら呆れたりしないでしょ?」
もちろんだ。僕らとテニスはずっと隣にあった。幼い頃から裕太は僕を追いかけて、希々は裕太を追いかけて。
憎らしい程、思い出せる。
「……でも僕は、希々のテニス、好きだよ」
一生懸命で、一途で、……本当にどうして、その視線は僕に向かないんだろう。
身体が強くない癖に、希々は裕太と同じものを共有したくてテニスを始めた。夏場なんて何度倒れたかわからない。その度に日陰で介抱するのは僕だったり裕太だったりしたけれど、彼女が目覚めて最初に口にするのはいつだって裕太の名前だった。
「……周ちゃん、いつもそれ、私がバテバテな時に言うよね。いじわる!」
意地悪なのはどっちだ、と言いたい。裕太とラリーしていて体力の限界を感じると、初めて僕に助けを求める君の方が、よほど意地悪だ。
幸村はそんな僕等を、目を細めて見やった。
「……ねぇ、希々ちゃん。テニスは好き?」
希々は頷く。
「じゃあ、不二裕太とどっちが好き?」
「――――っ」
瞬間、希々の身体が強ばった。僕は彼女を背に庇いつつ幸村を睨む。
「……希々はもうこのサークルの一員だよね。今更昔のサークルの話を蒸し返さないでくれるかな? 幸村は知らないだろうけど、今希々は心の傷を癒している最中なんだ。これ以上、君に希々と話をさせるわけにはいかない」
幸村は微かに唇の端を持ち上げる。
「我がサークルの穏やかな王子が、いつになく饒舌で早口だね。……ついでに随分攻撃的だ」
「そんなこと、僕には関係ない。…………希々、ベンチで少し休もう」
力のない首肯に、憤りが込み上げる。幸村が何を考えているか知らないが、希々を傷付けるなら容赦はしない。
「周ちゃん…………私、ここでも……迷惑かけちゃうのかな。来ない方がよかった、のかな」
僕は希々の小さな身体を抱き締めて、耳元で囁いた。
「……そんなこと、絶対にない。少なくとも僕は、希々と一緒にテニスができて嬉しいよ」
今にも壊れそうな笑顔で見上げられて、胸が軋んだ。