ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*三話:噂のお姫様*
俺が偶然、食堂裏に通りかかった時だった。
「……っく、…………ぅう…………っ!」
押し殺した泣き声が聞こえた。女の子の声だ。
素通りするのが後ろめたくて、つい覗いてしまう。
「ふ、ぅう…………っ!」
しゃがみこんで、ハンカチを目に当てて泣きじゃくる様は小動物を彷彿とさせる。
放って置いてあげるべきかとも考えたが、近くを集団が通る気配がする。この子は隠れているつもりなのだろう。なら、あの集団に見られるのはまずい。
俺はそっと近づいて、その子に声をかけた。
「……君、一人で泣きたいなら此処はまずい。もうすぐ集団が来る、よ…………って、藍田さん……?」
「!」
名前を呼ばれて顔を上げた彼女は、知る人ぞ知る不二兄弟の幼なじみだった。うさぎのように真っ赤になった目から、零れ落ちる涙は止まらない。
「な、で…………私のこと、知って…………」
「君は、不二の幼なじみだろう? 不二の試合を観に来ていたのを何度か見てるよ」
「周ちゃん、の、サークルの、人…………?」
「あぁ。サークル長の幸村精市だよ」
藍田さんは、不二周助の試合の応援にも来ていた。
女子へのサービスなんて忘れて彼女にひたすら甘い笑みを向ける王子と、それに気付く素振りも見せず彼の弟ばかり追う藍田さん。噂にならないはずがない。
試合中だろうと不二の牽制は止まず、俺を含めた全ての男は彼女と会話すらしたことがなかった。
件のお姫様がこんな所で号泣しているわけだが、さて、どうしたものか。
俺が逡巡している間に、ガヤガヤと集団の声が迫る。俺は彼女に関わらないメリットと、彼女の涙を隠すデメリットを知っていた。
「……っ、ごめ、なさ…………っ!」
それでもなおこの子を放っておけるほど、俺は血も涙もない人間ではない。
「…………ちょっとごめんね」
羽織っていたジャージを脱いで、彼女の頭からかけた。
同時に、集団特有の喧騒が俺の後ろから顔を出す。
「あ、幸村じゃん! どうしたの、こんなとこで」
「精市、三限オレの席もとっといてー」
「つーか、今から二限じゃん。行かないの?」
知り合いだった。
俺は微笑みを返す。
「俺は二限休講だから、これからコートへ行くつもりだよ」
「休みにもテニスかよ?」
「あはは、幸村相変わらずだねー」
「んじゃまた後でな!」
友人達は笑いながら手を振って去って行った。
俺のジャージを被ったまま息を殺していた藍田さんは、小さく震えている。
周囲に人気がないことを確認して、俺はそっと声をかけた。
「……もう、誰もいないよ」
ジャージを握りしめて、そろそろと藍田さんは顔を上げた。その拍子に目尻に残っていた涙が、ぽろりと落ちる。
「…………あの、幸村、さん。ありがとうございました……」
「いや、構わないよ。それより、どうして君はこんな所で泣いて――――」
そもそもの疑問を口にしようとした時だった。
「幸村? …………君が希々と、どうして一緒にいるのかな?」
王子の方も現れた。
隠そうともしない敵意に、思わず苦笑いを浮かべる。
不二は俺の回答など求めてはいない。藍田さんに歩み寄り、俺のジャージをやや乱雑に取り上げて、投げて寄越す。代わりに自身のジャージを被せて、そっと彼女を抱き起こした。
「……希々、歩けるかい? とりあえず、人のいない所に行こう」
こくん、と小さく頷く彼女の背に、俺は一言だけ告げた。
「また会おうね、……希々ちゃん」
「ゆきむら、さん、」
「――行こう、希々」
半ば無理矢理彼女を連れて行く不二を、俺は口角を上げて見送ったのだった。