ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*十七話:溶けそうなキス*
唇に柔らかな感触が押し当てられる。
泣きすぎて若干腫れた目を開けば、眼前に幸村先輩がいた。近すぎて焦点が合わない。
ただ、冷えた頬を包んで繰り返される柔らかな口づけは少しずつ私を落ち着かせてくれた。
ふわりと触れるだけの、優しいキス。
初めてのキスは、こういうキスを夢見てた。
「希々ちゃん……」
「ぁ…………」
「連絡先、教えてくれるかい? 不二がいなくても寂しい思いなんてさせないと約束する」
もう時間が遅くて人がいないのは幸いだった。周りの目を気にする余裕は私にはなかったから。
目を閉じて全部預けたまま、頷く。
「……いい子だ」
「ゆ、きむら、せ、ん…………っ」
吐息が鼻先を掠めて、もう何度目かわからないキスに言葉を遮られた。
「……“精市”」
「ぇ……?」
「“精市”って呼んで……」
幸村先輩の名前だ。そんな恐れ多いことはできない。
私は首を横に振ろうとしたが、頬を包む大きな両手が許してくれなかった。
「……お願いだ。そう、呼んでほしい」
「で、も…………」
「君の唇に…………俺の名前を刻んでほしいんだ」
重なった唇から温もりが伝わる。
他の人が言ったらキザに聞こえるだろう台詞も、幸村先輩が口にすると嫌味に聞こえない。
まともな思考ができる状況下にない私は、溶けそうなキスに流されるまま頷いた。
「せい、いち、せんぱい…………」
「…………うん」
「精市、せんぱい…………」
「……うん。ありがとう、希々ちゃん……」
カフェの閉まる時間まで、私たちはそこから動けなかった。
***
「送るよ。最寄り駅を教えてくれるかい?」
「いえっ、大丈夫です! 幸村先輩とは反対方面かもしれませんし」
一頻り泣いたらすっきりした。気付いた時には繋がれていた手が、なんだか気恥ずかしい。
「……名前で呼んでくれないの?」
「あ…………ご、ごめんなさい、その、…………精市先輩……」
精市先輩は、それはそれは綺麗に微笑んだ。
「たとえ俺の家が君の家と3時間離れた場所に在ろうと、俺は君を無事家に送り届けるまでこの手を離さないけど……それでも教えてくれないのかい?」
思わず目を丸くして、私は足を止めた。
「精市、せん、ぱい…………?」
精市先輩も足を止めて、困ったように笑んだ。
「俺は君が寂しいと打ち明けてくれて、すごく嬉しかった。君に寂しい思いなんてさせたくない。寂しい、と感じるたびに不二を思い出すくらいなら……俺のことを見てほしい」
精市先輩は穏やかな瞳で私を見る。
「あ……の、わた、し…………」
「……これは俺の単なる我儘だよ。もし許してくれるなら、君を家まで送り届けたいんだ」
いつになく近い声に、頬が熱くなる。私は赤くなって俯いた。
「あの、…………ご迷惑でなければ……お願い、します……」
夜は電車内も道も、どこか閑散としている。いつもなら遅くなる時は必ず周ちゃんが送ってくれた。今周ちゃんは隣にいないけれど、精市先輩がいてくれる。
一人ではないことが心強かった。
私の家の最寄り駅を聞くと、精市先輩は自分の最寄り駅については言及せず笑って手を引いた。人もまばらな車内で隣に座る。繋いでいた手がいつの間にか指を絡めるように握られていて、私は緊張しながら縮こまった。
精市先輩の口数は決して多くはなかったけれど、流れる沈黙は苦ではなかった。指先の温もりが安心感を呼ぶ。
ふと私は考えた。
そっと盗み見た横顔は贔屓目無しに美しく、凛と整っている。中学の頃から神の子と呼ばれていた、遠い存在。周ちゃんだけでなくテニス界が一目置くような人が、何故私のように平々凡々な女を好きだと言うのだろう。
むしろ私は精市先輩の前で号泣したり裕太のことを相談したりと、迷惑しかかけていない。
思い返して今更凹んだ。
「……俺の顔に何かついてる?」
「!」
精市先輩は車内の広告に目をやったまま、そう問いかけた。盗み見たつもりがバレバレだったらしい。いよいよもっていたたまれない。
私は俯いて首を左右に振った。
精市先輩が喉の奥で小さく笑った。
「……知ってる。ごめんね、意地悪を言った。……でも希々ちゃんが俺を見てくれるのは嬉しいな」
「……っすみませ、」
「嬉しい、って言ってるのに、どうして謝るの?」
指先にきゅっと力が込められて顔を上げると、真剣な顔の精市先輩と目が合った。
「俺は君に、もっと頼ってほしい。甘えてほしい。不二よりも。……本心だよ」
「精市、先輩……」
「もっと俺を見て。もっと俺のことを考えて。もっと俺の名前を呼んで」
人のいない車内。
精市先輩はアメジストの瞳に熱を宿して、私の身体を引き寄せた。
「不二と距離を置く間、俺は不二よりも君の傍にいる。ずっと、どんな時も傍にいて君を守る。寂しいなんて感じる暇もないくらい、心も身体も近くに――……」
反論を封じる口づけを受け止めながら、私は自分の中で精市先輩の存在が大きくなるのを感じていた。
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