ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*十五話:右手の温もり*
周ちゃんがいなくなっちゃう。
そんなこと考えたこともなかった。
「や、だ……周ちゃん、いなくなっちゃやだ……!」
涙が滲む。
私の日常から周ちゃんがいなくなるなんて、想像できない。想像したくない。そこには確かに孤独があったから。
周ちゃんの腕に縋りついて、動かない身体を何とか立て直す。
「周ちゃんがいなくなっちゃうなんて、嫌だよ……!」
周ちゃんはいつもみたいに優しく微笑んで、言う。
「じゃあ希々は僕を選んでくれるってことだよね?」
「……っ、」
選ぶも何も、裕太への気持ちに整理がついたばかりの私に他の誰かを想う余裕などあるはずがない。頭の片隅を幸村先輩がよぎって、私はなおさら混乱した。
「希々は僕の恋人になってくれるってことだよね?」
「、わ、たし……っ、」
ここで頷けば周ちゃんはいなくならない。
でも、そんな簡単に頷いてしまっていいのかわからない。
幸村先輩にだって私は返事ができていないのに。
私の躊躇いを感じ取った周ちゃんが、ゆっくり目を開いて無表情になった。
「僕を選べるなら…………希々からキスして」
「っ!」
私は一瞬で真っ赤になる。
「キスしてくれないなら、……ここでさよならだよ?」
いつも優しかった周ちゃんが、ひどく意地悪に見えた。大好きな幼なじみなのに、知らない人と接しているみたいだ。
「…………そっか。じゃあ希々、今までありがとう。……さよなら」
本当に背を向けてしまうものだから、私は泣きながら周ちゃんに抱きついた。
「行かないで……っ! するから、……っキス、するから……!!」
突然の展開に頭がついて行かない。言われた通りにする、以外の選択肢なんて考える余裕すらなかった。
私は震える手を周ちゃんに伸ばした。
大丈夫。唇を唇に当てるだけ。何も怖いことなんてない。自分に言い聞かせ、ぎゅっと目を瞑った時だった。
「やれやれ…………どうせこんなことだろうと思って追って来て正解だったみたいだね」
後ろから幸村先輩の声がした。
心のどこかで助かった、と思う自分がいて、振り向こうとする。けれど周ちゃんは私を強く抱きすくめて、再び唇を重ねてきた。
「ん……っ!」
じたばたと暴れても離してもらえない。
もがく私が、今度は背中から強い力で引き寄せられた。半ば強引に周ちゃんから引き離され、崩れそうな体勢を抱きとめてくれたのは幸村先輩だった。
幸村先輩の腕の中でやっと息を整える。
「……幸村、邪魔しないでくれるかな」
「俺は後輩に無理矢理迫る同級生を止めに来ただけだよ」
周ちゃんは今まで聞いたことがないほど低い声で幸村先輩を睨む。
「希々は僕のものだ。その手を離せ」
「……こんなに余裕のない君を見るのは初めてだよ、不二。でも、希々ちゃんの意思を無視するのはやめろ」
「……っ!」
幸村先輩は後ろからそっと肩に手を置いてくれた。その温もりが私を落ち着かせてくれる。
「君がどんな策を巡らせて希々ちゃんを手に入れようとしているかは知らないけど、好きな相手の意見も聞かずに泣かせることを、俺は愛だとは思わない」
「――――」
唇を噛み締める周ちゃんを見て、私は言葉を失った。
いつも優しくて王子様みたいで、どんなこともスマートにこなす周ちゃん。頼りがいのあるお兄ちゃん。私にとって周ちゃんはそういう存在だった。
だけど。
「……っ希々、…………ごめん。……ごめん……! もう無理矢理キスなんてしないから、僕のところに戻ってきて……」
此処にいるのは誰?
余裕なんてなくて、今にも泣きそうで、伸ばされた手は震えていて。こんな悲しそうな周ちゃんを見たのは初めてだった。
「周ちゃ、ん……」
「ごめん……、冷静になれなかった僕が悪かった、本当にごめん……」
反射的に周ちゃんの手を握り返しそうになった私を止めたのも、幸村先輩だった。
「希々ちゃん、君のその行動は“同情”だよ」
「っ!」
「……少し不二と距離を置いた方がいい。お互い冷静になってから話し合うべきじゃないかな」
幸村先輩の提案はあまりに正しくて、私は項垂れた。すぐに感情のまま行動してきた結果がこれなのだ。私はもう少し思慮分別というものを覚えるべきなのだろう。
「…………幸村先輩の言う通り、です。……私、ちゃんと考える。周ちゃん…………答えが出るまで、待ってて」
俯いたまま告げた私は知らない。
幸村先輩が目を細めて周ちゃんを見やっていたこと。
周ちゃんが敵意を孕んだ視線を幸村先輩に向けていたこと。
「……待ってるよ、希々。きっと君は僕を必要としてくれるって信じてる」
私はそっと胸の前で右手を握りしめた。いつもテニスのフォームを教えてくれる周ちゃんの温もりが、まだ残っている気がした。