ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*十三話:宝物*
私の腕を引いて、周ちゃんはずんずん歩いて行く。
「痛いよ、周ちゃん……」
私が訴えても、周ちゃんは手を離してくれなかった。
「周ちゃん、歩くの速いよ……!」
いつだって私の歩幅に合わせていてくれたのだと、今知った。私からすれば半ば小走りになる速度に、一瞬足がもつれる。
「きゃ……っ!」
転ぶかと目を強く閉じた私は、しかし別の衝撃に息を止めた。
地面に転倒したわけではないのに、痛い。温かくて、苦しい。
周ちゃんにきつく抱き締められているからだと、遅ればせながらに理解した。
「周ちゃ、」
「キスって、何のこと?」
「え?」
「幸村が言っていただろ? 君に告白して避けられたくないと言ってキスをした、って」
起きたことはその通りなのだが、言い方というものがある。私は釈明しようと顔を上げた。でも、周ちゃんは私の顔を自分の胸に押し付けてしまう。これでは周ちゃんの顔が見えない。
「どこにキスされたの?」
息苦しいほどの抱擁の中、私は小さく身をよじる。
「頬、だよ……っ」
「……そう。どこ?」
不意に、ばっと身体が離された。周ちゃんの青い目が、鋭く無感情に光る。
周ちゃんが何を考えているのかわからなくて、少しだけ怖かった。
「どこ? 指で教えて」
解放されたかと思いきや、周ちゃんの両腕は私の肩を掴んでいる。わけもわからず、私は幸村先輩にキスされた場所を指さした。
「……ここ……。……ねぇ、どうしたの? 周ちゃん、怖いよ……」
周ちゃんは私の頬を両手で包むと、何回もその場所に口づけた。
「周、ちゃん……?」
「消毒」
くすぐったいけれど、周ちゃんが時々強引なのは今さらだと思い直して、私はされるまま目を閉じていた。
やがて満足したのか、周ちゃんは私の頬から手を離し、今度はいつもみたいに優しく抱きしめてくれた。
「……ごめん。希々を怖がらせるつもりはなかったんだ」
私は周ちゃんの背に手を回し、そっと抱き返す。
「…………周ちゃん、幸村先輩と何かあったの? 私、何かしちゃった?」
周ちゃんは数瞬沈黙して、私の耳元で囁いた。
「幸村は…………僕の宝物を奪おうとしてるんだ。希々は何も……悪くない」
「、周ちゃんの宝物?」
私は自分が悪いわけではないという言葉に安堵してから、反射的に問いかけた。周ちゃんの宝物って何だろう。私や裕太は知っているものなのだろうか。
「私も裕太も知ってるもの?」
周ちゃんは苦笑して、私の髪を耳にかけた。
「……うん。僕にとっては何よりも……テニスよりも大切なもの」
「え、何なに!?」
「……秘密」
どこか悲しそうに微笑む周ちゃんを、放っておくことは私にはできなかった。
いつも一緒にいた。いつだって守ってくれた。少し過保護に、でも温かく守ってくれていたことを知らないほど、子供じゃない。私は背伸びして周ちゃんの頭を撫でる。
「よしよし。…………そっか。でも、幸村先輩が周ちゃんの大事なものを横取りするような人には見えないんだけど……」
大人しく髪を撫でられながら周ちゃんは、ぽつりと呟いた。
「……初めて手を繋いだのは僕で、初めて抱き締めたのも僕。初めて言葉を交わしたのも僕なのに、……初めての恋は、僕じゃなかった」
「え、何? 周ちゃん、聞こえない、」
「初めて告白するのも……僕じゃなかった。これからも希々の初めては……………………いや、違う」
いつだって、人は失くしてから気付く。
そこにあると思っていた平穏が当たり前なんかじゃないと。向けられていた優しさが当たり前なんかじゃないと。
築いてきた関係が、実は独りよがりなものだったのだと。
私は周ちゃんの独り言を聞き取ろうとして、彼の髪から手を離した。
周ちゃんを仰いで、形のいい唇に耳を寄せようとする。
けれどそれは叶わなかった。
初めて周ちゃんは、左手で私の腰を引き寄せた。
「周ちゃん?」
右手が頤に添えられる。
「初めては、奪われる前に――――僕が貰えばいいんだ」
「周ちゃ、――――」
ふわ、と言葉が封じられた。
声が出せない。
周ちゃんと唇が重なっているからだと理解した時、ようやく私は目を見開いた。
「…………っ!?」