ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*十二話:凍り付く時間*
『わ、私……初めて男の人に、告白、されました……っ』
そう言って真っ赤になった希々ちゃんは、おそるおそるといった風に問いかけた。
『その、……私が裕太を好きだったみたいに、…………幸村先輩は、私のこと、が、好き…………ってこと、ですか……?』
俺は微笑んで頷いた。
『うん』
『え……っ、なんで、知り合ったばかりなのに……』
確かに、希々ちゃんが俺と初めて言葉を交わしたのは数ヶ月前だろう。君は一途すぎるくらい、裕太君のことしか見ていなかったから。もしかしたら、俺の存在なんて知らなかったのかもしれない。
でも俺は、そんな君をずっと見てきたんだ。あんなにも真っ直ぐに、ひたむきに想ってもらえる裕太君が羨ましかった。そして絶対的な信頼を寄せられている不二のことも、言ったことはなかったけれど本当は羨ましかった。
俺は、首を横に振る。
『……希々ちゃんが俺を知ったのはつい最近だと思う。でも、俺はずっと前から君を見ていた』
『え……?』
伝えられる言葉は、伝えられる時に伝えなければ。
まだ誰のものにもなっていない君に、初めての告白をするなら俺がいい。
『君が裕太君を真っ直ぐに見て、笑って、応援するところを……ずっと、見てきたんだ』
それを聞いて恥ずかしそうに俯く希々ちゃんに、柔らかい笑みを向ける。
『俺は希々ちゃんのことを、不二と裕太君の幼馴染だとしか知らなかった。だけど君の想いに気付いてから、目が離せなくて。俺は君の一途な想いを……裕太君じゃなく、俺に向けて欲しいとずっと思っていた。……嘘じゃない。不二の試合に来る希々ちゃんを見るたび、思っていたんだ』
『……、』
『君が俺に失恋を打ち明けてくれたことも、相談してくれたことも、すごく……嬉しかった。もう裕太君を見ても泣かなくなったのなら…………今度は、俺を見てくれないかな……?』
言葉を失う希々ちゃんの髪に口づけ、目を見て告げた。
『俺と付き合ってください、希々ちゃん』
***
恐らくは不二のせいで、彼女は告白されたことがない。自分の想いしか知らなかった彼女が、初めて触れた自分以外の想い。俺の告白に、“考える時間をください”と答えて逃げるようにその場を立ち去った希々ちゃんは、見ていて可哀想になるくらい混乱している様子だった。
俺が告白した日からここ数日、彼女は明らかに挙動不審だ。
サークル室で一人辺りを見回している希々ちゃんに後ろから声をかけると、
「希々ちゃん」
「!! ゆ、幸村先輩…………っ!」
細い肩が大げさな程びくっと震え、赤い顔の希々ちゃんが振り向いた。どうしたらいいのかわからない、と顔に書いてある。
俺は愛しいものを壊さないよう、優しく頬に触れた。
「……確かに俺は答えを待つと言ったけど…………待っている間、希々ちゃんと話もできないなら、俺は待てない」
「……っ!」
少しずつ距離を詰めて、サークル室の隅に追いやる。逃げようにも場所がない。後退りしていた希々ちゃんの背に壁が当たって、彼女は軽く息を飲んだ。
俺は誰をも虜にするような甘い笑みを浮かべて、壁に手を付いた。希々ちゃんを壁と腕の間に閉じ込めて、大きな瞳を覗き込む。
「……君は裕太君に避けられたら、辛いと思わない?」
「あ……」
「……俺だって、人間だ。好きな子から避けられるのは辛いよ」
希々ちゃんは目を伏せた。
「ごめん、なさい…………」
「俺は講義の時も家にいる時も、いつも君のことを考えてる。ふとした時、希々ちゃんのことを思う。…………そんな相手と話すこともできなくなるなんて、俺には耐えられないよ」
希々ちゃんは困ったように眉を寄せ、俺を見上げた。
「私……誰かを好きになったことはあっても、好きになってもらったことがないから…………どうしたらいいのか、わかりません……」
臆することをやめた眼差しが、俺とかち合う。ようやく、彼女の心の奥底に触れられた気がした。
「幸村先輩は、その……私と、付き合いたい、んですか……?」
「それはもちろん。……でも、ずっと一人を追い続けてきた希々ちゃんが、すぐには別の誰かのことを考えられないのはわかってる。だから俺からのお願いは、一つだけだ」
ほんのり色づいた頬に手を滑らせ、そっと言葉にする。
「……今まで通り、俺とも話して。俺を見て。俺に笑顔を向けて。……この際、告白のことなんて忘れてしまっても構わないから」
「! 忘れるなんて……っ!」
「それでも俺は、君と話したい。君の傍にいたい。君に触れたい」
優しく頬を撫でながら、ぽつりと問いかける。
「ねぇ、希々ちゃん」
「はい……」
「ここに……キス、してもいいかな?」
頬にキス、なら抵抗感も薄いかと思ったが、またもや希々ちゃんは真っ赤になった。
そういうところも俺の胸を叩くなんて、きっと希々ちゃんは理解していない。
「あの、えとっ、」
返事を聞く前に、柔らかな頬にキスを落とした。
「ゆきむ、らせんぱ……い……っ」
目の前の存在が愛おしすぎて。
染まった頬も、若干潤んだ瞳も、何か言いたげに開いた唇も、全部が俺の全身を引き寄せる。
「……うん」
「は、離れてください……っ」
「どうして?」
「ド、ドキドキしすぎて、死んじゃいます……っ!」
そんな可愛いことを言う君が悪い。
もう一度、頬に唇を寄せた瞬間。
ガラ、
サークル室の扉が開いた。
「……希々に幸村、…………二人で、何をしていたのかな?」
寒気がするほど温度のない不二の声が響く。
俺は希々ちゃんの肩に手を置いた。
「何って……俺が希々ちゃんを口説いていたんだよ。見ればわかるだろう?」
「口説い……!? 幸村先輩、誤解を招くような言い方はやめてくださいっ!」
「誤解? 俺は君に告白して、避けられたくないと言って、キスをした。これは口説いていた、ってことにならないかな?」
今度こそ希々ちゃんは、熱でもあるんじゃないかと思う程赤くなった。
「ゆ、幸村先輩のばかっ!」
そんなことはない、と返そうとした俺は、けれど言葉を飲み込んでしまった。
「――――希々、帰るよ」
低い低い声が、不二から放たれた。
あまりに怒気を孕んだ声音に、希々ちゃんが息を止める。
「……周、ちゃん…………?」
不二はゆっくりこちらに歩み寄り、俺の手を掴んで彼女の肩から離した。
「希々、帰るよ」
「う、うん……わかった」
不二は俺を振り返ることなく、希々ちゃんの手を引いてサークル室を出て行った。
俺は彼に掴まれた腕を見て、僅かに顔を顰める。
「……痛いじゃないか」
赤い跡が、俺の左腕にはっきり浮かんでいた。