ロンドン橋落ちた(不二vs.幸村)
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*十話:初めての告白*
お昼ご飯を幸村先輩と一緒に食べていたら、ものすごく怒っている周ちゃんに中断させられてしまった。食器を返さなければ、と文句を言おうとしたけれど、あまりにも周ちゃんの纏う空気が刺々しくて何も言えなかった。
この日初めて、周ちゃんは怒っている理由を教えてくれなかった。
「…………」
周ちゃんと幸村先輩は仲が悪いのだろうか。確かサークル挨拶の時も険悪な雰囲気だった。幸村先輩に言われるまでもなく、こんなに怖い周ちゃんに四限後のことなど言えるはずがない。
幸村先輩と喧嘩でもしているのか。テニス絡みのことなのか。どちらにしても周ちゃんは、何か上手くいかないことがあったからといって私に当たるような人ではない。悩みがあるのかもしれないし、後で改めて聞いてみよう。
そう考えながら、普段は使うことのないサークル棟の裏口に辿り着いた。入口は人の出入りが多いが、裏口は表の喧騒が嘘のように静かだった。手入れの行き届いていない木々が視界を覆う。
空は橙から夜の群青に変わりつつある。幸村先輩との約束通り、四限の終わり。
むしろこれからサークルが始まる時間帯だ。今日もサークルはあるのに、どうしてこんな時間を幸村先輩は指定したのか。私は頭の上に“?”マークを放出しながら、辺りを見回した。
と、
「希々ちゃん」
ジャージを肩からかけた幸村先輩が、手を振ってくれた。
「幸村先輩!」
私は幸村先輩に駆け寄る。
「お昼は周ちゃんがすみませんでした! 食器……幸村先輩に片付けさせちゃいましたか……?」
幸村先輩は微笑む。
「そんなこと、気にしないで。大したことじゃないから」
「いえ、何があったのかわかりませんが、ちゃんと周ちゃんに謝るように言っておきますね!」
私が意気込むと、幸村先輩は苦笑した。
「……そう、だね。俺の話が終わっても希々ちゃんが同じように思ってくれていたなら、不二の奴に一言言ってやって」
話が終わっても。
それを聞いて私は姿勢を正した。今日、こんな時間にこんな場所で幸村先輩が話したいこと。
「わかりました。……それで、あの、お話って何でしょうか…………?」
幸村先輩は穏やかに微笑んで、いつかのように私の髪に手を伸ばした。
「……もう、裕太君のことは吹っ切れた?」
幸村先輩は、心配してくれていた。先輩の前でも泣いてしまったのだから、私はその問いに答える義務がある。
「…………まだ、顔を見るだけでせつなくなります。でも、彼女さんといる所を見ても辛くなくなりました。今は、裕太が笑っていてくれるなら……その隣は私じゃなくてもいいかなって、思えるようになりました」
吹っ切れた、という言葉が指す定義が好きではなくなること、なら私はまだ吹っ切れてなどいないし、この初恋を吹っ切ることはこれから先もできない。でも、裕太を見ても泣かなくなれたことを示すなら。私ではない誰かとの幸せを喜べることを指すのなら。
「……幸村先輩の、おかげです。今の私の傷は……もう痛くないんです」
私は頭を撫でられたまま、嘘ではない笑みを浮かべた。
「裕太が好きだけど……泣かなくなりました。周ちゃんがいる時の幸村先輩に裕太のことを言われても、ちょっと懐かしく感じるくらいです」
幸村先輩は、静かに口を開く。
「……じゃあ、もう俺は隠さなくて大丈夫かな」
「……?」
意味がわからなくてきょとん、としている間に、幸村先輩の整った顔が近付いた。昼みたいに耳打ちされるのかと思ったけれど、先輩の唇は私の真ん前にある。
吐息さえ感じられる距離で、幸村先輩は動きを止めた。アメジストの瞳が至近距離にありすぎて、先輩の表情が判別できない。周ちゃんとは違う色の瞳は、やっぱり宝石みたいに綺麗だ。
先輩の手が、私の後ろの壁にトン、と置かれる。位置的には逃げられない。視線が合う。先輩は熱い光を宿した目で私を射抜いた。
「――俺は、君が好きだ。希々ちゃん」
「……っ!」
初めての告白に、胸がどくん、と音を立てた。告白なんてされたことがない。予期せぬ出来事に頬が熱を持つ。
「わ、たしを…………からかってるわけ、じゃない、ですよ、ね」
「裕太君のことで悩んで泣いていた君に、こんな冗談を言うような最低男だと思われているのかな。俺は」
先輩の言葉がどこか遠くに響く。ふ、と爽やかな風の香りが近付いた。
呼吸が苦しくなるくらい強く私を抱き締めて、幸村先輩は言う。
「……好きだ。不二が近くにいたからずっと言えずにいたけど、俺は本気だよ。本気で、君が欲しい。今日からは裕太君じゃなくて俺を見てよ、希々……」
幸村先輩の顔は見えない。
でも、押し付けられた頬から伝わる鼓動は、すごくすごく、速かった。