禁断集
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宍戸亮/姉
***
『亮!』
そう呼ぶ明るい声が好きだった。好きなんて言葉じゃ足りない。愛してた。
言いたくても言えない。俺は姉貴の幸せを弟として横で願うことしかできない。理解、していた。この気持ちは生涯隠して生きるつもりだった。
今日までは。
*
「りょうー! ただいまぁー」
「……どうした? つーか、だ、大丈夫か?」
終電ギリギリで帰ってきた姉貴は、俺の知る限り初めて泥酔していた。足元は覚束ないし、呂律も怪しい。
「ひとりで、のんできたー! だって、もうわらってよ! わたし、ふられたー!」
「……!」
姉貴が部署異動してしばらくの間世話になっていた先輩。そいつと付き合っていることは、俺も知っていた。かれこれ五年ほど続いていたはずだ。
姉貴はあいつのことが本当に好き、だったと思う。結婚したいと言っていた。密かに結婚式場の案内を見ていた。ウェディング雑誌を立ち読みしていた。
「……なんで、フラれた?」
「あたらしくはいってきた、わかいおんなの子と、つきあうんだってー!」
俺には出来ない全てを姉貴に……希々にしてやれるのはそいつだと、自分に言い聞かせてきた。希々を幸せにできるのはそいつだと、引き裂かれそうな胸の奥で自分を納得させていたのに。
「けっこんしようって、いったのにね! しんじたわたし、ちょうばかでしょー? ほら、わらっていーんだよ、りょーう」
「…………笑えるわけ、ねぇだろ」
「あはは、しんじて…………っこんな歳になっちゃったのに、も、やだぁ……っ!!」
玄関で泣き始めた希々に、胸が苦しくなった。初めて見せた弱味に付け込むようで後ろめたいが、今なら聞けるかもしれない。何故結婚したいのか。
震える細い肩が壁にぶつかる前に手を伸ばして抱き寄せる。
「……なぁ。何で姉貴は結婚にこだわるんだ?」
希々は「こわいからだよ……っ」としゃくり上げた。
「今はまだ、父さんも母さんも生きてるけど……っ、いつか私より先に死んじゃう……っ! 亮だって自分の道をえらんで、遠くないうちに結婚しちゃう……! そしたら私、ひ、一人で生きていかなきゃいけないんだよ……っ!」
「……俺は結婚しねぇよ」
「もうやだ! 周りは皆結婚してるのに私、この貴重な5年棒に振ったんだよ!? もう誰でもいいから結婚してよー!!」
酔っ払いは人の話を聞かない。
「今から婚活するの? 結婚相談所行ってマッチングアプリとかやればいいの? ……無理だよ、もうそんな気力ないよ……」
希々は項垂れた。
「もう、何が幸せなのかもわかんないや……」
「…………」
誰でもいいから結婚して。
婚活。
マッチングアプリ。
その単語を聞いた俺の中で、ぷつりと何かが切れた。
俺が希々を諦めようとしたのは、希々が好きな奴と結婚するつもりだったからだ。それが何だ?
誰でもいい?
婚活?
自暴自棄になったこの様子では、本気でやりかねない。というか、やる。やって結婚後に後悔するんだ、どうせこの姉は。
残念ながら俺にそこまで我慢する忍耐力はなかった。そんな誰かもわからない奴より俺の方が1億倍希々を愛してる。ふざけるのも大概にしてくれ。
俺は涙に濡れた希々の頬を両手で包み、かさついた唇を奪った。
「……っ? ふ、……」
希々は一瞬ぴくりと跳ねてから、目を閉じて俺のキスを受け入れた。元彼と勘違いしているのだろうかと思った瞬間、嫉妬の炎が燃え上がった。唇を割って舌を捩じ込み、甘い匂いのする咥内を掻き乱す。
「ん……っ、ぁ…………」
「……俺が結婚しなきゃ、一人にはならねぇだろうが」
力の入らない舌を食んで吸って、呼吸を貪るように自身の舌を絡める。
「ふぁ…………っ、」
「一生面倒見てやるよ、馬鹿姉貴」
ついでに手近にあったペットボトルの水を口移しで飲ませると、ようやく今の状況を理解したらしい希々の目に光が戻った。
「…………っ!? りょ、……っんぅ…………、」
「希々を幸せにしてやれる男がいねぇなら、俺がその男になる」
「……え? 亮、どういう…………っん!」
今まで抑えてきたもの全てが解放されていた。俺は姉貴の咥内を激しく舌で蹂躙し、唾液を嚥下し、味わい尽くした。途中で苦しそうな希々を見てもキスを止めなかった。
「……っずっと、好きだった。愛してた! 希々が欲しくて気が狂いそうだったんだ……誰でもいいってんなら、俺にしろよ……っ」
涙に濡れ、上気した顔で希々は俺を見上げる。
「わた、したち…………姉弟、だよ……?」
「そんなやけっぱちで偽モンの幸せ作ろうとすんなら、俺は希々を監禁してでも俺のものにする」
俺は希々の唇を塞いでから告げた。
「……結婚はできねぇけど、姉貴を泣かせねぇから。一人にしねぇから。幸せにするから!」
「りょ、う…………」
「好きなんだ。ずっと、愛してた」
大きな茶色の瞳に俺が映る。
「婚活するくらいなら、俺のものになってくれよ……」
希々は混乱しながら、それでも拒絶はしなかった。
「…………考え、てみる」
これはハッピーエンドなんかじゃない。
バッドエンドから始まり、俺達がハッピーエンドに辿り着くための第一歩。