禁断集
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跡部景吾/妹
***
「お兄ちゃん、おかえり!」
部活が終わって家に帰ると、待ち侘びていたとばかりに妹が飛びついてきた。
「ただいま。……おい、そんなくっつくな。汗臭いだろ?」
希々は満面の笑みでぎゅっと抱き着く。
「うぅん! お兄ちゃんはいつもいい匂いだよ!」
俺は苦笑して妹の頭を撫で、緩く抱き返す。
「そりゃあよかった」
「……えへへ。お兄ちゃん、大好き」
「……このブラコンが」
いつものやり取り。誰から見てもそれは、ブラコンな妹と何だかんだ妹に甘い兄の姿だろう。
俺もかつてはそう思っていた。希々は兄離れできるのかと心配したこともある。
しかしいつからか、気付いてしまった。
無邪気な振りをして抱き着いてくる希々の心拍数がやけに速いこと。
俺が名前を呼ぶと、肩を微かに跳ねさせること。
予期せぬタイミングで俺が触れると、耳まで赤くなること。
『大好き』とは言っても絶対に『好き』とは言わないこと。
俺が誰かと付き合った翌日は目を合わせないこと。
俺がそういうことをして帰った日、部屋から押し殺した泣き声が聞こえること。
「…………」
まさかそんなわけがないと思いながら、俺は可愛い妹を甘やかすことしかできなかった。
一歩踏み出す勇気が、出なかった。
そんなある日だった。
「……あのね、お兄ちゃん」
「ん?」
「私……告白、されたの」
「……よくあることだろ。何でわざわざ俺に言うんだよ」
俺がモテるなら希々がモテるのも自明の理だ。だが希々は今まで一度だって俺にそれを打ち明けたことはない。
訳の分からないもやもやした気分を隠し、俺は椅子から立ち上がってわざと遠くのソファに腰を下ろした。
俺の気が乗らない話題だと察した希々は、それでも今日だけは俺の隣に座り直した。
やがて聞き慣れたその声が紡ぐ言葉に、刹那思考が止まった。
「侑士くんに、告白されたの。私…………初めて、付き合うことにしたよ」
「、…………忍足、と……?」
「……うん。お兄ちゃんにだけは言っておこうって…………侑士くんと二人で決めたの」
俺はどうするべきなんだ?
喜べばいいのか?
応援すると言えばいいのか?
「そ、うか…………まぁ……仲良くやれよ」
掠れた声を何とか喉から絞り出した。
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
希々はどこか切なそうに微笑んだ。
「……部活で疲れてるのに、ごめんね。私、部屋に戻って、」
「――――お前、忍足のこと本気で好きなのか?」
「…………え…………?」
「……っ!!」
俺は思わず口元を手で覆った。
何も考えていなかった。反射だった。俺は何を言っている。好きだから付き合うんだろうが。
忍足は脚フェチの伊達眼鏡野郎だが、悪い奴ではない。可愛い妹の初めてを任せる相手としては、どこの馬の骨とも知れない奴よりははるかにましだ。
そうだ。今から取り繕え。兄として応援すると。学業は疎かにするなとか門限は守れとか、それらしいことを並べればいい。
頭ではそうわかっているのに、身体は勝手に動いていた。
目を丸くしている希々に手を伸ばし、引き寄せる。
「っおに、い、ちゃん……?」
「お前が好きなのは――――」
言うな。
言うな。
言うな……!
「――忍足じゃなくて、俺じゃねぇのか?」
「――っ!!」
希々は俺と同じアイスブルーを見開き、唇を震わせた。
「へ…………変な、お兄、ちゃん……。わ、私、お兄ちゃんのこと、大好きだよ? だけど、好きなのは、……………………侑士くん、だもん……」
言うな。
やめろ。
ここで踏み止まれ……!
「本気で忍足が好きなら、俺の目を見てそう言え」
「……っわ、私、ゆ……侑士くんが、…………っ」
綺麗な涙が、一筋頬を伝った。
その雫に唇を寄せ、華奢な身体を抱きしめる。思わず自嘲した。自覚が遅すぎるのは、俺の方だ。
普通、気付かねぇよな。おかしいのは希々じゃない。俺だって既におかしかったんだ。希々の反応を一々気にしている時点で。
誰のことも愛せなかった。形だけの恋人はいたが、こういうものなのだと思っていた。満たされない理由は、俺自身にあったとも知らず。愛しい人はいつだって誰より近くにいたのだと知った今。遅すぎたと嘆くよりは。
「……ごめんな。言いたくねぇことなら言わなくていい」
「……っ!」
希々は俺に縋り付いてしゃくり上げ始めた。
「……けど、言いてぇことがあるなら教えてくれ。俺は――」
「お兄ちゃ、――――」
初めて触れ合った唇は涙の味がした。
「……俺は、希々が好きだ。…………気付くのが遅くてごめんな。忍足には悪いが、希々は渡せねぇ」
「、」
「…………覚悟ができてんなら、教えてくれ。希々の好きな奴」
「っ」
「――希々、愛してる」
二度目の口づけの後、泣きながら希々は満面の笑みを浮かべた。
「……っずっと、好きだったの。お兄ちゃんのこと」
「知ってる」
「っ、」
「あいつをやめて……俺のものに、なってくれるか?」
「うん……っ」
繋いだ手はもう、離さない。
たとえ誰に阻まれても。