禁断集
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忍足侑士/姉
***
「…………なぁ、姉ちゃん」
「んー?」
何やら深刻そうな声音で、侑士が切り出した。ソファで雑誌を読んでいた私は適当に返事をする。
あ、このブラウス可愛い。
「……あの彼氏とは別れたん?」
「? あー、うん。会社の後輩ね。別れたよ」
折角ボーナスが出るんだから、少しくらい自分へのご褒美にお高い服を買ってもバチは当たらないと思う。そんなことを考えながらページを捲る。
いつもならお風呂上がりはすぐ自分の部屋に籠る侑士が、今日はその場から動かない。
私は気付かないふりをする。
「侑士の方はどうなの? 彼女の話とか全然してくれないじゃん。モテるでしょ?」
「……姉ちゃん」
「そういえばこっち来て長いのに、侑士はいまだに関西弁抜けないよね。私もう、」
「姉ちゃん」
話題を探して会話を繋げようとしたが、侑士の低い声がそれを遮った。
私は平静を装って雑誌に目を通しているものの、内容なんか全く頭に入ってこない。
侑士が隣に座ってソファが少し沈む。
「……姉ちゃん、年下とばっか付き合うんは何でなん?」
「たまたまじゃない?」
侑士が距離を少し詰めた。逃げるのもおかしいし、心臓が暴れるのもおかしい。
私は知らないふりをする。
「姉ちゃんの彼氏、眼鏡ばっかなのは何でなん?」
「……別に。眼鏡が好きじゃいけないの?」
「姉ちゃん」
侑士の手が、私の手に重ねられた。ぴくりと肩が跳ねる。
「俺かてもう、二十歳なんや」
「……いや、知ってるけど? さっきお祝いのケーキ食べたばっかじゃん。何? 今度はプレゼントでも、」
「姉ちゃん、聞いて」
駄目だ。この低い声に耳を貸したら。
駄目だ。この大きな手のひらを受け入れたら。
駄目だ。心臓、静まって。
「……姉ちゃん。俺、おかしいってわかっとるけど姉ちゃんのこと、好きで好きでしゃあないんや」
「……うん、ありがと。私も侑士のこと好きだよ?」
「…………そういう意味やないってわかっとるやろ?」
ふわり。
抱きしめられて、侑士の匂いに包まれる。
「……俺、姉ちゃんが好き。好きなんや」
侑士は私の耳元で何度も好きだと繰り返す。吐息混じりの言葉一つ一つが、熱い。
私は鋼の理性で無反応に努めた。
「どうしたらええ? どうしようもない程姉ちゃんのこと、好きで好きでしゃあない俺は…………どうしたらええの?」
泣きそうな声に、自制心が揺らぐ。
「姉ちゃん。俺、姉ちゃんが欲しい。彼氏なんて作らんで、俺と居て。俺のことだけ考えて」
きっと今だ。
今が後戻りできる、最後の瞬間。
断崖絶壁の、文字通り崖っぷち。
「……馬鹿なこと言わないの。侑士は私の大事な弟だよ」
「ほんまにそれだけ? それだけならこんなことされても――――」
ちゅ、と後ろから項に口づけられる。
「……っ!」
「……キモいだけやろ?」
頬の紅潮を悟られないよう、下を向いた。
「……姉ちゃん。俺、気付いてんねん。……姉ちゃんも…………同じ気持ちやろ……?」
どうしよう。声が出ない。否定しなければいけないのに俯くだけで精一杯だ。
「……俺は彼女作らんかった。作れんかった。姉ちゃんより好きになれる子なんて居らんかったから」
シスコン、と笑えばここで終われる。
そうすべきだとわかっていながら、私はどうしようもない喜びに動くことができなかった。
「……姉ちゃん、もう俺の代わりなんて探さんで。俺、……ここに居るから。……姉ちゃんの隣、もう他の男にやりたない」
項に、肩に、耳に、触れるだけのキスが落とされる。
「俺、もう成人したんや。成人したら真っ先に言おう思ってた。もう子供やないし、勘違いでもただのシスコンでもない」
甘い疼きが身体を侵食していく。
思考を支配していく微熱。悦びが、冷静な判断力を溶かしていく。
「姉ちゃん、」
カチャ、
侑士が眼鏡を外した。
温かい手に両頬を包まれて、顔を上げさせられる。
目と目が合って、そこに宿る本気の愛を感じ取ってしまって。
「駄目だよ侑士、」
「もう無理や」
「ゆ、」
「好きや」
「――――」
私の唇は侑士のそれに塞がれていた。
触れ合ったまま時間が止まる。
「俺と一緒に、堕ちて…………?」
その言葉は禁断の果実。
一度口にしたらもう、楽園へは戻れない。
知った上で私は、そっと目を閉じた。