バカンスの弊害 / 跡部(連載番外編)
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「ねぇ景ちゃん、海に行きたい!」
その発言をきっかけに、現在俺と希々はハワイに来ている。
国内では知り合いに見られかねないが、さすがに平日の外国ともなれば知り合いに鉢合わせる可能性は低いだろう。俺と希々は有給を消化して一泊旅行を満喫中だった。
ちなみに希々は泳げない。何故海なのかと問えば、海を見るのが好きなのだと言う。
「海ってキラキラしてるでしょ? 夕日が当たると波が光るでしょ? 景ちゃんと一緒に見たくなっちゃった!」
そんな可愛いことを言われたら叶えないわけにはいかない。
泳がないから水着はいらないのに、気分だけでも味わいたいからと水着を一緒に選びに行った時はあまりの可愛さに鼻血を吹きかけた。
何が可愛いのかと言えば全てだ。
気分だけでも味わいたいという言葉。
一緒に水着を選んでくれという提案。
実際に試着した水着姿。
俺は何度この姉に心臓を射抜かれれば気が済むのだろうと、わりと真剣に考えたのは記憶に新しい。
もちろん希々が試着した水着は全て買い占めた。可愛い系とセクシー系とワンピースタイプとビキニとどれがいいかと訊いてくるものだから、全部試着させて全部購入しただけだ。
そもそも希々は何を着ても似合う。強いて言うなら濃い色よりは淡い色の方が雰囲気に合っている、というくらいだ。濃い色の水着は肌の白さを際立たせるから、それはそれで悪くない。
様々な水着の希々を俺一人が見ていられるという優越感もテンションを上げた。左手薬指の指輪がちらりと視界に入るたび頬が緩む。海に行かなくても家のプールで着てもらいたい。プライベートビーチで誰にも邪魔されず希々を眺めるのもいい。写真も撮りたい。妄想は膨らむばかりだ。
結局20着ほど購入して無駄遣いだと希々に怒られたが、俺に悔いはない。かわりに希々は、当日までどの水着を着るか内緒にすると頬を膨らませた。
本当にこの姉は、何をしても可愛い。最早存在そのものが尊い。
最近流行りの“尊い”という言葉の意味がわかった瞬間だった。
時は戻って現在。
周りには英語が溢れている。外国人だらけのビーチで俺は希々が着替え終わるのをそわそわしながら待っていた。
しかし更衣室から出てきた希々を見て、俺はにやけると同時に固まった。
ピンクゴールドの指輪と同じ色のビキニ姿。
ところどころにフリルがあしらわれていて非常に可愛らしいが、如何せん露出が多い。首元の結び目は解いてくれと言わんばかりだし、胸元が強調されたデザインではフリルより谷間に目が行ってしまう。極めつけは腰のリボンだった。解いたらアウトの代物だ。
日焼け防止のためかパーカーを羽織っているとは言え、そんなものでは到底隠し切れない色気と男を惑わす魅力がそこにあった。
「景ちゃん、お待たせ! 今日はこれにしたの。景ちゃんの予想、当たった?」
「、……いや、予想とは違った。けど…………すげぇ綺麗だ」
そう言うと、希々は嬉しそうに笑った。
「パーカー脱ぐのはちょっと恥ずかしいから、着たままパラソルの下で海を見てたいなぁ。借りて来てもいい?」
「……あぁ」
さっきから客の視線を一身に浴びていることに、鈍いこの姉は変わらず気付いていない。それはそうだ。初めて見たら女神に見える。身内の贔屓目なしに希々は美しい。確かフォトウェディングの時も――……。と思い出に浸りかけて我に返る。
いやちょっと待て、一人で歩かせる馬鹿があるか!
「希々!」
俺が慌てて辺りを見回せば、案の定外国人の男二人に捕まっている希々がいた。
『ごめんなさい、私には連れがいるので……』
流暢な英語で断ってはいるが、相手は敢えて希々が何を言っているのか理解できない、というスタンスをとるつもりらしい。こちらが日本人だからと舐めやがって。希々の肩と腰に男達の手が触れた瞬間、俺の頭の血管がぷつんと切れた。
――パンッ
『どけ!』
汚い手を振り払い、希々を抱き寄せる。
「景ちゃ、んん…………っ!?」
そのままその場で思い切り濃厚なキスをかましてやった。
もう目を閉じていても希々の全てを感じ取れる。舌を吸いながら希々の髪と腰に手を回し、わざとらしいほどゆっくり素肌を撫でる。
相変わらず俺からのキスに弱い希々は早々に膝の力を失い、頬を染めて俺を見上げた。そうだ。このアイスブルーに映るのは、俺だけでいい。肩で息をする希々を抱きしめて、俺は男二人を見据えた。
『俺の連れに何か用か?』
途端、周りから歓声が飛んだ。
日本では破廉恥だと非難されるだろうが、常夏の国ハワイでは粋だと賞賛される。もちろんスマートにできてこその話だが。
俺の睨みと観客の存在に日和ったのか、二人はそそくさと逃げて行った。
「景、ちゃ……」
「ちょっと来い!」
「え、きゃ……っ」
人前でこんな格好をさせてしまったのはミスだった。綺麗な希々を自慢したいのはもちろんだが、あくまで安全なら、の話だ。油断していた。
「ちょ、景ちゃん……っ? どこ行くの?」
「一旦部屋に戻る」
「えぇ!? 私着替えたばっかりなのに!?」
俺は希々の手を引いて足早にホテルへと足を向けたのだった。
***
久しぶりの景ちゃんとの旅行を私は楽しみにしていた。二人でパラソルの下で海を眺めつつ、かき氷もあったら最高だなぁ、なんて思っていた。
ワンピースで浜辺に行くのも悪くないけれど、折角なら景ちゃん好みの可愛い水着を着てみたい。そう思って景ちゃんに一緒に選んでもらった。
さっきまで景ちゃんはずっと嬉しそうだったのに、今は何かに怒っているみたいだ。
私はひたすら頭から“?”マークを飛ばしながら、部屋まで連れて来られた。
「景ちゃん、どうしたの? 大丈夫だよ、私何もされてないし、」
「触られただろうが!」
部屋に入るなり、景ちゃんは私をきつく抱きしめた。
「景ちゃ……」
「その身体に触っていいのは俺だけだ。あいつら、俺の希々に気安く触れやがって……!」
「、……」
ぽすん、とベッドに横たえられる。
着ていたパーカーがはだけてしまい、直そうとした手が絡め取られた。
「景ちゃん、」
「見せろよ。見られていいのが水着なんだろ?」
「そ、だけど……っ」
パーカーが脱がされて、水着だけになった私は思わず赤くなる。普段身につけている下着よりも露出が多いのだ。皆がそういう格好をしていれば羞恥心もないが、ここには景ちゃんしかいない。
私の両手を纏めて拘束し、景吾は目を細めて見下ろした。その瞳に宿る光はもう怒りではなくて、情欲に染まっている。
私は息を飲んだ。
「この紐解いたら……全部見えるんだぜ? 誘ってるようにしか見えねぇだろ」
「……っ!」
器用に唇で首元の結び目を緩められ、さすがの私も声を上げた。
「ゃ……だ、けぃちゃ……っ!」
と、手首の拘束が解かれた。あくまで無理強いはしない、と言外に告げているのだ。
景ちゃんは微かに口角を吊り上げる。
「脱がせてねぇだろ? 俺はあんたの胸にも触れてねぇ。……触りてぇのは山々だけどな」
今度は景吾も羽織っていたシャツを脱ぎ捨てた。
「っ!」
「俺は自分の着るもんには頓着してなかったが……ちっとは意識してもらおうか」
「……っ!」
瞬時に頬が熱くなった。
私は未だに、服を脱いだ景吾と目を合わせられない。普段のキスは服を着たままで、時折脱がされるとしても私だけだ。景吾が服を脱ぐことは滅多にない。
そして私は元から男性に免疫がない。男の人の裸なんて、上半身だけとはいえ恥ずかしくて直視できなかった。
しばらく視線をずらしていたけれど、首筋や鎖骨、胸の谷間に舌を這わされて仰け反ってしまった。
「ん……っ!」
ちゅ、という音と共にキスマークが付けられる。
「待っ……けぃちゃ、」
「待たねぇよ」
ぎゅ、と抱きしめられて肌と肌が触れ合う。背中や腰をいやらしく撫でられて身体が強ばった。素肌が触れ合う感覚にはまだ慣れなくて、私一人混乱しているのが悔しい。景ちゃんはいつだって余裕なのに。
「景、ちゃ、……っんんぅ……っ!」
欲情した景ちゃんのキスはいつもより激しい。
食べられているみたいで唇の感覚もなくなる。巧みな舌遣いに意識の全てが奪われる。
「……っぁ、…………ん……っ!」
景ちゃんは舌を吸い合うようにして互いの咥内を埋める。くちゅ、と部屋に響く水音が余計に思考を鈍らせた。
貪り合う呼吸と下腹部から湧き上がる快感。両脚の間に景ちゃんが身体を捩じ込んでいるから、私は突然の熱を逃がすこともできない。
「ん……っ、ん…………ぅ、ぁ…………」
先刻まで海を見ようとしていたのに、景ちゃんに慣らされた身体はキスを優先してしまう。四肢から力が抜けていく。
基本的に景ちゃんは私にとても優しいけれど、時折こうやって余裕がなくなる。
このモードに入ってしまったらもう、景ちゃんは満足するまで離してくれない。きっと私は全身キスマークだらけになるまで解放されないのだろう。
せめてもの抵抗に海、という単語を口にしようとしたけれど、それすらも全部景吾の唇に飲み込まれてしまった。
私の可愛い弟は、常夏の空気にあてられて発情してしまったらしい。私は諦めて、目眩がするほど甘く激しいキスに身を委ねたのだった。
***
この雰囲気はまずい、という理性が働いたのは、あらかた希々の身体に所有印を刻んだ後だった。
頬を上気させ、息荒く俺を見上げる希々は半ば意識を飛ばしていた。
やりすぎた。なのにまだ足りない。こんな感覚は久しぶりだった。水着が欲を駆り立てるのか、俺の我慢が限界を訴えているのか。
「……希々、」
濡れた唇を指先で拭い、そっと口づける。触れるだけのキスを何度か落とすと、ようやく希々は「け……ぃ、ちゃ……ん……?」と声を発した。
俺の中にはまだ熱が燻っている。最近希々を堪能する機会がなかったからか、衝動が収まらない。
嫌がるわりに快感に従順な希々は、微睡みながら微笑んだ。まぁ、そう仕込んで来たのは俺なのだが。
「……それ以上、煽るな」
「…………?」
生理的に浮かんだ涙を舐めとって、唇の端から伝う唾液を舌で吸い、そのままキスを深める。咥内が一体になったと錯覚するほどの恍惚。頭の先から下半身まで快感が走った。上顎の性感帯に舌を往復させ、下顎から歯の裏をなぞる。
長年の積み重ねの成果と言えよう。希々は俺のキスを拒まない。俺を拒絶しない。意識が戻った直後にもかかわらず、すぐにとろんと瞳が蕩ける。華の散る身体にも一切の抵抗がなかった。
「……俺のキス、気持ちいいか?」
「ん…………、け……ちゃんのきす、すき……」
「…………このまま――――」
このまま、俺のものにしたい。
体温を分け合って一つになって、快楽の底に堕ちてしまいたい。どこまでも堕ちて、もう戻れないところまで。
その欲求は目の前のリボンを解くだけで叶うのだ。
……でも。
「……ごめんな、希々。俺の我慢が足りなかった。怖い思いさせて悪かった」
俺はふっと息を吐き、希々をそっと抱きしめた。
「けいちゃん……?」
「希々が怖がることも痛がることも、希々の身体の負担になりかねねぇことも、俺はしねぇと決めてきた。……ここで欲望に負けて希々を傷つける結果になったら、俺は自分を一生許せねぇ」
希々は薄く目を開き、微かに首を傾ける。
「景ちゃんなら……いいよ?」
俺は希々の額に口づけた。
「駄目だ。俺は希々を幸せにするためにいるんだ。……ここで一線を越えたらきっと、俺は何度でもなし崩しに希々を抱いちまう。……それは俺と希々の幸せじゃねぇ」
段々と意識が戻ってきたのか、希々は緩慢な動きで腕を持ち上げて俺の髪をそっと撫でた。
「……辛くない?」
「寸止め食らう辛さと希々と生きられる喜びなら、後者の方が1億倍は強い」
「私…………このままでいいの?」
それこそ愚問だ。
俺は希々の額、こめかみ、頬、鼻先、唇にキスを落として苦笑した。
「そのままの希々が好きなんだ。愛してるんだ。何よりも、誰よりも、永遠に……ありのままの希々を愛してる」
たとえ修行僧のような忍耐を要求されようと、俺は希々と一緒にいられる未来を選ぶ。希々が笑って隣にいてくれるなら、他に望むものなんてない。
一時の欲が満たされるとしても、僅かでも希々を危険や恐怖に晒す可能性があるのなら、俺は鋼の意思でそれを絶つ。
「好きだ、希々。愛してる。……海は明日見よう。有給は一日延長だ」
希々はふわりと笑った。
「もう水着は着られないけど、ね」
「…………悪かった。身体が隠れる服、持ってるか?」
「うん。ワンピースあるよ」
俺は今になって罪悪感に襲われた。
「……ごめんな。あんなに水着着るの楽しみにしてたのに、俺がその機会を台無しにしちまって……」
しかし希々は首を横に振った。
「うぅん。景ちゃんに一緒に選んでもらったのは、景ちゃんの好きな水着を知りたかったからだもん。綺麗だ、って言ってもらえたから、もうそれだけでじゅうぶんだよ」
「――……」
本当にこの姉は欲がない。
そして可愛すぎる。
俺はもう何万回目かわからない白旗を挙げ、改めて肝に銘じた。
バカンスの場所は、季節と格好を考えて選ぼう、と。
Fin.
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