短編
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*どんな手を使っても*
部長に頼まれて、資料を別の課に運んでいた時だった。
廊下の端にいた人影がその場にしゃがみこむのを見て、私は反射的に駆け寄っていた。
資料が散らばるが、気にする余裕はない。
「っ大丈夫ですか!?」
「あぁ……ありがとう。ちょっと目眩が……」
壁伝いに立ち上がるその人の顔に、私は息を飲んだ。
「ふ、不二くん!?」
「あれ……僕のこと知ってるの?」
「あ、あのっ…………えと、有名人、なので……」
他部署にもかかわらず、モテすぎて山のような噂の飛んでくる人だ。その中のどれが本当かは知らないけれど、他の女子に漏れず私も密かに憧れていた。
とはいえ遠い世界の人だ。営業の彼と事務の私に接点はないし、社内報で見かけるとときめくくらい。私にとって彼は、芸能人みたいな存在だった。
その彼のご尊顔が文字通り目と鼻の先にある。
幸村がいなかったら、私は今この瞬間鼻血を吹いて倒れていたかもしれない。イケメン耐性がついたのは幸村のおかげだ。
なんて思いつつ、不二くんの肩を支える。
「大丈夫ですか? とりあえずそこの自販機まで行きましょう」
「……ありがとう」
男性の身体を私に支えられるか不安だったが、不二くんの足取りは思いの外しっかりしていた。間近で見ると凄まじい王子様オーラを放っている。
自販機横のベンチに不二くんを座らせて、私は迷ったものの水を購入した。
「あの、良かったらどうぞ」
「……ごめんね」
「いえ! 体調が悪い人を助けるのは当然ですから」
「…………ありがとう。良かったら……君の名前を教えてくれる?」
私は散らばった書類を集めて、ぺこりと頭を下げた。
「藍田希々です。お大事にしてください」
その出逢いから三ヶ月後、私は人生で味わうことなど二度とないであろう修羅場のど真ん中にいた。
***
「幸村、いい加減僕と藍田さんとのデートを邪魔するのはやめてくれないかな」
「いい加減にするのは君だよ、不二。こうも毎日押しかけて希々の迷惑だとは思わないのかい?」
「藍田さんの恋人でもないのに彼女にべったりくっついている君の方が、百倍迷惑だと思うんだけど?」
「よく言うよ。仮病で希々の同情を引いた詐欺師王子が」
火花が散っている。
今まさに、食堂で。
いや、職場でしかも人の多い食堂で、私を挟んで言い争いをするのはやめてほしい。切実に。
「あ、あの……」
「何だい希々」
「何かな、藍田さん」
「い、イエ、何でもありません…………」
私は声をひっくり返して縮こまった。
社内の人気を二分する二人が、一人の平凡な女を取り合っている。そんな状況面白くないはずがない。野次馬の数は増え続け、私のスマホは常にバイブを受信し、それに反して私と幸村と不二くんの半径3mには人が寄りつかなかった。
もはや恥ずかしいとか嬉しいとかいう感情は湧かない。ただただ逃げたい。
私が卒倒しかけている間にも、二人は舌戦を繰り広げる。
「物珍しい玩具が欲しいなら別の子を侍らせてくれないかな? 神の子」
「俺は純粋に希々のことが好きなんだ」
「そのわりに相手にされてないようだけど」
「それが問題なんだよね。だけど俺はこれからも希々に本気を伝えていくつもりだから、君みたいな余計な虫は早く排除したいんだ」
一つ言わせてほしい。
幸村はただの腐れ縁だ。不二くんは勘違いしている。
それに。
「あ、あの、不二くん」
「何かな?」
「その…………毎日うちの課に来てたのって、彼女さんに会いに来てたんじゃないの…………?」
不二くんは青い目を僅か見開いた。
「僕に恋人はいない。誰がそんなことを?」
「えと、幸村が……」
言った瞬間、場の圧がとんでもない数値を叩き出した。
「そうか…………君は随分と卑怯な手を使ってきたんだね、幸村」
ヤバい。何がかはわからないけれど、このまま放っておいたらまずい。
本能的にそう感じて逃走を試みようとした、まさにその時だった。
キーンコーン、カーンコーン――――
「! ほら、もうすぐ昼休憩終わるよ! 不二くんも幸村も戻らないと!」
学生時代に聞き慣れたこの音が、我が社の時報だったりする。社長の好みなのか、そんなことはどうでもいい。とにかく私は救われた気持ちで、その場から逃げ出したのだった。
*****
俺の手を引いて給湯室へ向かう希々。
怒ったその横顔さえ可愛いと思う。なのに彼女は俺の告白を受け止めてくれない。
「ねぇ幸村、どういうこと? 不二くんが毎日うちの課に来てるの、彼女を迎えに来てるからだって言ってたよね?」
「彼女(にしたい子)を迎えに来てたんだよ」
「その括弧の中を言いなさいよ!」
ため息をついて希々は腕を組んだ。
「……なんでそういう意地悪なことばっかりするの?」
君が俺を見ないからだよ。
もう何度も口にした言葉を飲み込んだ。
「私じゃ不二くんに不釣り合いだから?」
「……そうだよ」
「いい気になって後で傷つくだけだから?」
「……っそうだよ!」
希々は真っ直ぐ俺を見上げる。
「そうだとしても、幸村にとやかく言われることじゃない。不二くんに誤解されてる今の状況の方がよっぽど困るんだけど」
希々は呆れたように俺を見てから、用は済んだとばかりに背を向けた。
「幸村がよくわかんないのは今さらだから気にしてない。だけど、もう私の恋愛の邪魔はしないで」
「希々……」
「私、先に戻ってるから」
去って行く後ろ姿に手を伸ばしかけて、拳を握りしめる。
「希々……」
俺と希々は中学からのつき合いだ。
……いや、つき合い、とは言えない。俺たちは偶然家が近所だっただけで、登下校に目が合ったら会釈する程度の仲だった。幼馴染でもなければ友達ですらない。完全な“ただの顔見知り”だった。
それなりに長く彼女を見てきた。彼女の成長を知っていた。綺麗になっていく彼女を見るのが自分の密かな楽しみになっていた。でも、テニスと病のことで頭がいっぱいだった俺は、自分の一番大切な感情に気付くのがあまりに遅かった。
恥ずかしい話だけれど、俺にとって恋愛とは“付き合ってくれ”と言えば恋人になれるものだったから。
ある日、彼女に恋人ができたことを知った。
俺は即日中にその彼氏と話をつけに行った。俺も希々に好きだと伝えるつもりだけれど邪魔はしないよね、みたいなニュアンスだったと思う。何故か怯えた様子の彼が、土下座しそうな勢いで希々と別れると約束してくれた。
あぁ、これで今度は俺が彼女に告白すれば付き合える。
そう思っていた俺は翌日彼女から平手打ちをくらった。
『どれだけあんたがモテるか知らないけど、人の気持ちを考えられない人間に恋愛する資格はないと思う』
『違う……! 俺は君のことが好きで、』
『好き? 冗談言わないで。あんたの周りはあんたが告白すれば付き合う女ばっかりかもしれないけど、私はあんたみたいに遠回しなやり方する男、死んでも御免だから』
……今思えば、希々からすれば俺は、出来たばかりの恋人に裏から根回しして別れさせた最悪の人間だった。しかも理由が好奇心か何かだと思われている。とんでもない勘違いをされてしまった。おかげで何度好きだと言っても信じてもらえない。
あれから俺はずっと、告白を受け止めてもらえずにいる。これはタイミングの問題でもあったし、恋愛というものを軽視していた過去の俺が悪いから仕方ない。だからといって、希々に俺以外の彼氏ができるなんて絶対に認められなかった。俺は希々に近付く男を牽制していた。
だから希々は俺の告白を受け入れないかわりに、他の男とも付き合った経験はないはずだった。
それが、今回の相手は不二だ。同期でもなければ課も違う。関わる機会なんてなかったはずだし、関わらないよう動いていたのに何故?
「……まぁ、俺は諦めないけどね」
同じ課にいる俺にできることは、まだあるはずだから。
*****
僕が彼女のことを知ったのは、跡部主催のテニス部全国メンバー同窓会の時だった。中途採用で入った今の会社に、立海の幸村がいるということは知っていた。とは言え別に話すような仲でもないし、違う課だったから気にしていなかった。
しかし立海のテーブルからの賑やかな声が、僕の耳に入った。
『おまん、まだ藍田さんの尻追っかけてるんか?』
『ああ。何度も好きだって伝えてるんだけどね』
『うわ、中学の頃から幸村部長にストーカーされてるなんて、藍田さん可哀想……』
『赤也、何か言ったかい?』
『い、イエっ! 何でもないっス!!』
こんな会話が聞こえれば、嫌でも気になる。テニス界で神の子と呼ばれたあの幸村が、一方的に懸想している相手。しかも話の流れを追うと、どうやら社内にその子はいるらしい。
僕は興味からその子のことを調べ始めた。
意外とすぐにわかったその子の名前は、藍田希々さん。幸村と同じ課の、事務の社員だ。
彼女は一部の界隈で有名だった。本人は気付いていないみたいだけど、彼女のことを聞くと男女漏れなく幸村の情報がセットになってくる。
『藍田さん、最初はあの幸村くんの知り合いだからって妬まれてたんだけどね……。あそこまでされちゃ逆に気の毒だよね、ってみんなの中で可哀想な人認定されてるの』
とか、
『オレら、藍田に声かけることすらできねぇの。まじで幸村バリケード半端ないって』
とか。
こんな噂を聞けば、その子と話してみたいという興味がわいたっておかしくないだろう。そこで僕は彼女の課に通いつめた。
が、噂通りどころか噂以上に幸村に邪魔をされた。
彼女の顔を見ることさえできない日々が続き、さすがに苛立った僕は決めた。休憩時間以外に彼女と接触する機会、ないのなら作ればいい、と。
仮病だと言われるのは心外だ。僕は名前しか知らない藍田さんに恋い焦がれた結果、体調を崩してしまったのだから。
そんな馴れ初めを思い出して、つい笑ってしまった。
カウンター席の隣で藍田さんが首を傾げる。
「不二くん?」
「いや……こうして藍田さんとのデートに漕ぎ着けるまで、半年近く粘ったかいがあったと思って」
「で、デートって……!」
金曜日の仕事後に女の子一人を誘うのが、デート以外の何だというのか。
いきなり高級レストランを用意したりはしない。それが素でできるのは多分跡部くらいだろう。普通の感覚では、最初に選ぶのはそこそこお洒落なダイニングバーが無難だと思う。
恋人として休日誘うならレストランだけど、気になっている女の子を仕事終わりに誘うという体なら、ここが落とし所。
本当なら君との休日が欲しいという気持ちをおさえ、微笑んでみせる。
「僕とデートするの……嫌だった?」
藍田さんはカクテルに口を付け、俯きがちに首を横に振った。
「……不二くんは、どうして私を誘ってくれたの?」
「藍田さんと話したかったから」
「そんなに話したこと、ないのに……?」
「……話したことがないから、だよ」
あの日僕に優しくしてくれた君に、もっと近づきたかったから。
「改めて言わせてほしい。あの日……僕を助けてくれてありがとう」
僕が頭を下げると、藍田さんはあたふたと両手を上下させた。
「うぅんっ! あの場に居合わせたのが私だっただけで、他の子がいても同じことをしたと思う!」
他の子がいる場所であんなことはしないけどね。
「それでも……僕は嬉しかったんだ。心強かった。……ありがとう」
藍田さんは少し赤くなって笑った。
「どういたしまして!」
「……っ」
その笑顔が僕の胸を叩いた。
次の機会に訊くはずだった問いかけが、勝手に口からこぼれる。
「藍田さんは…………幸村と、どういう関係なの?」
藍田さんは、不思議そうに瞬きをする。
「ただの腐れ縁だよ? 理由はわかんないけど、昔から嫌がらせしてくるの」
「嫌がらせ?」
「うん。……まぁ、一時期病気で大変だったから性格歪んじゃったんだと思う」
「……具体的に、どういう嫌がらせをされるんだい?」
藍田さんは本気で何とも思っていないように続ける。
「私が好きな人に近づくのを邪魔したり、知らない間に知らない人に私の彼氏を自称してたり。……改めて言葉にすると、ほんとにろくなことしてないね、あいつ」
「…………藍田さんは、どうしてそれを許してるの? 実は幸村のことが好き、とか……」
途端、藍田さんはけらけらと笑い出した。
「ないない! 小さい頃から知ってるけど幼馴染じゃないし、私達が恋人になるとか想像もできないよ!」
先程までは不安だったが、今の反応を見た僕は幸村が若干気の毒になった。
彼の気持ちはまったく伝わっていないらしい。
僕でもここまでスルーされたらさすがに傷つく。幸村は鋼のメンタルの持ち主だったようだ。
「……私、恋愛運がないの。女子校育ちで男の子と知り合うきっかけもなかったし。……でも、付き合いが長続きしないとか上手くいかないとか、そういうのは幸村とは関係ないことだと思う」
酒の力もあるのだろうが、藍田さんは僕の聞きたかった以上のことをぽつりぽつりと語り始めた。
「幸村を許してる理由、って不二くん言ったけど、そもそも私は幸村を怒ってないから……許すも許さないもないよ。恋愛が下手なのは私のせいだから。……上手くいかないことを幸村のせいにはしたくない」
「藍田さん……」
「不二くんに彼女がいるって誤解させたことは怒ったけどね!」
笑う彼女が、眩しい。店の灯りのせいじゃない。
絶対に幸村が邪魔をしているのに、藍田さんは幸村のせいにしない。
本気の恋愛なら、幸村の邪魔があろうとなかろうと関係ないと知っているから。
誰かのせいにした方が楽で、誰かのせいにできる状況が整っているのに。
「……君は……すごいね」
「えぇ? 全然すごくないよ。別に仕事ができるとかじゃないし」
このひとは、僕を打算なく助けてくれた人だ。たとえあそこで倒れていたのがおっさん上司でも、藍田さんは同じことをしたんだろう。
幸村に邪魔されながらも、一方的に見つめてきた半年間。この感情の名前を、僕は知っている。
「……藍田さんは、格好いい」
「え!? 生まれて初めて言われたー!」
若干酔って、へにゃりと笑う藍田さん。
「カッコいいのは不二くんだよー」
「……僕は君に、格好良く見える?」
「うん! ずっと憧れてたもん、わ、たし………………」
「……え?」
一瞬で藍田さんが真っ赤になった。僕は自分に都合のいい聞き間違いかと思ったけど、彼女の頬が教えてくれている。勘違いじゃない。
心拍数が上がる。僕の頬も熱くなる。
「い、いいいいい今のなし!! 待って、私酔ってる、」
「藍田さん」
「ちょっと水、飲むから、待って不二くん、聞かなかったことにして……!!」
慌てふためいた挙げ句、両手で顔を覆ってしまった藍田さんに、触れずにはいられなかった。
「藍田さん」
小さな両手を両手で包んで、隠されていた表情を見つめる。眉をハの字に寄せ、瞳を潤ませる藍田さんは僕の計画を容易く壊してしまう。
「藍田さん、好きだ」
「………………へ?」
あと数回デートを重ねてから言うつもりだったのに。
僕はこの格好良くて可愛い人の前では、予定を守れないらしい。
「……僕は藍田さんが、好きだ。助けてもらう前からずっと……好きだった」
「不二、くん……?」
「僕と……付き合ってくれない、かな……?」
綺麗な瞳が見開かれ、時が止まる。
「……これ、夢…………?」
「夢じゃない。僕は君に告白してる」
「……わた、私…………違う課だけど、ずっと憧れてて、…………っでも、私じゃ釣り合わなくて…………っ!」
藍田さんの瞳から零れ落ちる涙を拭って、僕は彼女を抱きしめた。
「釣り合わないなんて、幸村に言われたのかい? 他の職員? ……どっちでも関係ない。僕が君に釣り合うくらい強くなるよ」
「……っ不二くん……っ!」
「夢でも嘘でもない。僕は藍田さんが好きだ。僕だって藍田さんを“希々”って呼びたい。……僕の恋人に、なってくれますか……?」
「……っはい…………!」
きっと幸村の邪魔は入るだろう。それでも僕は、この人を守りたい。強く在ろうと気高く前を向くこの人を。格好良く見えて、か弱い一人の女の子を。
恋愛運なら、僕が上げてみせる。僕がこの子を幸せにするんだ。どんな手を使っても。
腕の中の愛しい恋人に、僕は人知れず誓ったのだった。
Fin.