短編
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*テニスを教えて*
きっかけは、希々にテニスを教えてくれ、と言われたことだった。
そもそも家にテニスコートはあるのだが、俺は一瞬考えた。一般人の使うストリートコートに連れて行けば、打ち方だけでなく試合の解説もしてやれるのではないかと。
中学や高校の試合中、希々はマネージャー業に奔走していた。試合を眺める余裕などなかったはずだ。何しろ部員が200名を超える。俺が直接試合の流れや駆け引きを教える機会もなかった。
一度連れて行ってみて、合わなければ家のコートを使おう。
珍しい彼女からのお願いに、俺は少し胸を踊らせていた。
***
「わぁー! すごい! これがストリートのテニスコート……!」
コートにつくなり、希々は目を輝かせた。
「学生さんじゃないよ、大人が試合してる……! すごい、女の人も……あ、あのちっちゃい子は家族連れかな?」
希々は興奮気味に俺のテニスウェアを引っ張って、広いコートを指さしてくる。俺は微笑ましく思いつつ尋ねた。
「試合の解説がいいか? 実際に打ってみるか?」
「あ…………うん……」
何故か突然しゅんとした希々は、俺のテニスウェアを掴んだまま俯いた。
「……あのね、お兄ちゃんも景ちゃん先輩も、テニスを大事にしてるでしょ? マネージャーとしてはずっと一緒だったけど、私自身は体育の授業でちょっと触れたことくらいしかないの」
「そうだったのか」
「うん。体育のテストは先生が打ちやすい球を投げてくれて、それがラケットに当たれば合格だったから、ラリーとか試合形式はやったことなくて」
希々は葛藤しているようだった。
「私も先輩とラリーとかできるようになったら、先輩の大切なものを共有できるかなって思ったんだけど……」
俺より随分下にある頭を撫でてやると、希々はきゅっと抱きついてきた。
「初心者だから、試合してる人の邪魔はしたくないよ…………」
「下手だろうが初心者だろうが、ここにはテニスをやりてぇ奴が集まってんだ。別に希々が萎縮する必要はねぇぞ?」
ついでに言わせてもらえば、ここにいる成人プレイヤーはぱっと見大した実力を有していない。希々に因縁でもつけようものなら、1セット5分あれば強制退場願えるだろう。
「……うん。それはわかってるよ。ただ……私のラケットが手からすっぽ抜けたりして、近くの人に怪我させちゃうのが怖い……」
「なら家のテニスコートに戻るか?」
希々は俯いた。
「希々?」
「……ストリート、のテニスコート、って……見たことなかったから、……ちょっと興味あって……」
言いづらそうな様子に苦笑した。
「そうか。実際に見てみてどうだ?」
希々が頬を染めて俺を見上げた。
「すごかった! 広くていろんな人がいて賑やかで……景ちゃん先輩、連れて来てくれてありがとう!」
「……!」
家では味わえないであろう笑顔。それだけでここに来た意味があった。
俺は緩む頬をどうすることもできず、空いているコートの端を指さした。
「あの辺で打ち方の練習、してみるか?」
希々は満面の笑みで頷いた。
「うん!」
***
景ちゃん先輩は優しくて、私をコートの端まで連れて行くとストレッチから教えてくれた。先輩も楽しそうで、私は自分の我儘なのに嬉しくなってしまったくらいだ。
でも、いざ壁打ちを始めると先輩の顔がだんだん曇り始めてしまった。私は余程変な動きでもしていたのかと不安になり、ラケットを下ろして先輩を見つめた。
「先輩……私、そんなに下手だった?」
「……」
先輩は何も言わない。
私は一歩先輩に近づいて、先輩の顔を覗き込む。
「……先輩、こっち見て?」
「……っ」
先輩は珍しく動揺を隠すように、目を逸らした。
「景ちゃん先輩」
私はもう一歩先輩に近づいて、アイスブルーがこちらを向くのを待った。
何を言うでもなく、ただ、待った。
1分か2分ほど経った後、先輩はため息混じりに髪をかき上げた。
「……俺も大概、希々には情けねぇところばっかり見せてるな」
「? 先輩はいつもカッコいいよ?」
先輩が苦笑して、私の頭を撫でた。
「……お前は自分の気持ちを全部俺に教えてくれてるのに、俺が隠すのは筋が違ぇよな」
「先輩……?」
先輩がゆっくり私のラケットを指さす。私は彼の視線を追う。
「…………希々、テニスやったことねぇっつってたよな」
「うん」
「なら、そのフォーム……どこで知った?」
私はきょとん、と自分の身体を見下ろす。
「フォーム? ちゃんとできてるの?」
景ちゃん先輩は何故か嫌そうな表情を浮かべ、頷いた。
「できてるならどうして……」
「……宍戸のフォームにそっくりなんだよ、お前のフォーム」
「……へ?」
思わず変な声が出た。
開き直った先輩は、それはそれは不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。
「やったことねぇってのに、何から何まであいつそっくりじゃねぇの」
「え、えぇ?」
「女にしちゃでかすぎるその足幅もラケットの構え方もあいつそっくりで気に食わねぇ。お前、どこまであいつのことガン見してたんだよ」
「!」
景ちゃん先輩は不貞腐れた子供のようにそう吐き捨てると、私の手を強く引き寄せた。
「せんぱ、」
「俺が、お前が覚えるべきフォームってやつを教えてやるよ」
「っ、――――」
いつもと違う強引なキスに、声が飲み込まれる。
先輩の左手が私の後頭部を固定しているから、動けない。テニスウェア越しに、先輩の右手が私の身体を伝っていく。
「……っん…………っ!」
きっと腕の角度や足の開き方を手のひらで教えてくれているのだろう。でもその触れ方がやけにいやらしく感じて、私はフォームどころではなくなっていた。
ラケットは取り落としてしまうし、先輩の力が強くて逃げることもできない。上がっていく息の向こう、先輩は余裕さえ見せて私の身体を支配していく。
「…………っ、せん、ぱ、」
「――――これからは俺のフォームを刻みつけてやる」
「っ!」
先輩は普段こんな風に人前でキスなんてしない。今日の景ちゃん先輩は別人みたいだった。テニスコートでこんな熱いキスを交わすカップルがいれば目立つに決まっている。事実、周りから私たちを噂する声が聞こえてきて余計に恥ずかしくなった。
力の入らない手を何とか持ち上げて先輩の胸を叩く。
ようやく唇を離してくれた景ちゃん先輩は、綺麗なアイスブルーを少し意地悪に細めた。強く抱き締められ、耳元で囁かれる声にふるりと震える。
「――このコートは俺達の噂で持ちきりだ。次はお前の頭の中を……俺で塗り替えてやるよ」
「……っ」
初めての台詞に、頬が熱くなる。
テニスを教わるという目標は達成できたか曖昧だったが、新しい先輩の一面を教わることはできたと――――そんなことを思いながら、私は下を向くしかないのだった。
Fin.