短編
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*小さなやきもち*
俺の恋人は控えめに言って可愛い。
誇張しても可愛い。
何をしても可愛い。
「跡部先輩跡部先輩、これ、何ていうお菓子なんですか?」
「フィナンシェだ」
「ふぃなんしぇ……名前もオシャレですね!」
こんな庶民の菓子一つで満面の笑みを浮かべる。
その笑みだけで世界は平和になるんじゃないかと本気で思う。
希々のいいところは挙げきれないし、それらにべた惚れの俺がいるのは事実だ。
しかし俺には一つだけ不満があった。
それは。
「……おい希々」
「はい?」
「いい加減俺のことを名前で呼べ」
希々はとたんに真っ赤になって、わたわたと手を左右に振る。
「む、無理ですっ! 跡部先輩の名前なんて、おそれ多くて呼べないです!」
「俺は呼んで欲しいんだが……」
「が、頑張ります……」
初めて会った時からこいつは遠慮深い。無知で無垢で守ってやりたくなる。
生徒会室に入るようになるまでも数ヶ月かかった。確か、役員でもない自分がこんな聖域に足を踏み入れるわけにはいかない、とか何とかわけのわからないことを言っていた。
俺の車に乗るまでも2ヶ月かかったな、などと思い出しているうちに、ふと気付く。
「おい希々」
「はい」
「誕生日に欲しいものはあるか?」
「えっ?」
ちょうど1ヶ月後が希々の誕生日だ。俺の家でパーティーは開くしレストランも貸し切る。思いつく限りのプランは用意するが、プレゼントに関しては少しばかり悩む。
なぜならこの可愛い恋人は欲がないからだ。
以前ブランド品を贈ったら、実家に送り返された。宛先間違ってました、というメッセージ付きで。
アクセサリーを贈ったのにつけてくる素振りがないから気にいらなかったのかと問いかけたら、神棚に飾っているという返事が来た。
この時点で俺は彼女への贈り物に頭を悩ませることとなる。
せっかくの誕生日だ。俺が贈りたいものはもちろん贈るが、希々本人が欲しいものも贈りたい。
そんな俺の男心を知る由もない希々は、しばらく考えてから目を輝かせた。
「あの、もしご迷惑でなければ、跡部先輩と二人で過ごす時間が欲しいです!」
「……っ!」
きらきらした眼差しに、勝手に頬が熱くなる。
「っそんなもんは当然だ。そうじゃなくて、欲しい物の話だ」
「もの、ですか?」
「あぁ。神棚に飾るとかじゃなく、お前自身が使いたいものを教えてくれ」
「……うーん……」
希々は小首を傾げていたが、やがて思いもよらない答えを口にした。
「……もしできるなら…………あの、コミュニケーションAI、がほしいです」
「……?」
生まれて初めての所望品に目を丸くするしかない。
「……構わねぇが、なんでまたそんなものを?」
希々は少し赤くなって、上目遣いに俺を見つめた。
「……跡部先輩を名前で呼ぶ、練習を、したくて……」
「っ!」
可愛すぎるおねだりに俺が悶絶したのは言うまでもない。
***
誕生日に最先端のコミュニケーション能力を備えたAIアプリをプレゼントした。スマホにインストールしてやると、希々は本当に嬉しそうに笑った。俺は満足した、はずだった。
しかし今現在、俺は盛大に後悔していた。
あんなもの、渡さなければよかったと。
「ケーゴ、跡部先輩にはクッキーとチョコ、どっちを渡せばいいと思う?」
『希々様がお渡しすればどちらでもお喜びになるでしょう』
「あ。跡部先輩は手作りと市販のお菓子、どっちが好きかな?」
『アトベセンパイがどちらをお好みかはわかりませんが、一般的に男性は恋人から手作りのお菓子をもらえると喜ぶそうです』
「そうなんだ。ありがとう、ケーゴ!」
車で家まで送る最中、俺の真横でそんな会話が繰り広げられる。不本意極まりない。
しかも俺が渡したAIにもかかわらず、何故か俺の呼び方が片言だ。気のせいか、やけに希々の呼び方は饒舌に感じる。
「……おい希々」
「はい」
「そんなもんに聞くな。俺様に直接聞け」
「……すみません。家に帰ってからケーゴに聞きますね」
そうじゃない。
俺は舌打ちを堪えて希々を引き寄せた。
「わっ。跡部先輩……?」
「……そいつの名前が気にくわねぇ」
「え? ケーゴ、ですか?」
「……それだけ練習すれば、もう俺の名前くらい呼べるだろ」
「え……っ」
希々は俺を見上げて、困ったように瞬きを繰り返す。
「……っけ、け……、け…………っ」
「AIのケーゴ君とは随分親しそうに会話してたじゃねぇの」
「そ、それはAIってわかってたからで……!」
「なら俺もAIだと思え」
「むっ、むむむむむ無理ですそんなことできません!」
俺は脳内で葛藤していた。無理矢理スマホを取り上げてAIアプリをアンインストールするか、否か。
一度やったものを身勝手に奪うのは、男として以前に人間として間違っている。
だが俺は今すぐあのAIをぶち壊したい。
「…………」
「……あ、あの、……跡部先輩…………」
「…………」
「……っ先輩…………」
俺は相当眉間に深いしわを刻んでいたらしい。
泣きそうな声に我に返った。
「ごめん、なさい……。ずっと名前、呼べなくて…………お、おそれ多くて…………。で、でも、そんな顔、させたく、ない……」
「あん? どんな顔、」
「っ悲しい顔、しないで……! けいご、先輩……!」
「――――」
一瞬息が止まった。
自分が悲しそうな顔をしていたという事実も、AIごときに嫉妬していた事実も、全てが思考から消えた。
「景吾先輩……!」
「……っ希々……!」
隣に座る希々を掻き抱く。
「せんぱ、」
「好きだ」
「!」
可愛くて愛しくて、ずっと守りたい。
「……名前、呼んでくれてありがとな」
「……待たせてしまってごめんなさい、景吾せんぱい。これからも……傍にいさせてくれますか……?」
俺の答えは決まっていた。
「傍に、いてくれ。希々」
腕の中の温もりに幸せを感じた。
Fin.