禁断集
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*仁王雅治/姉*
「姉貴! ちぃといつもの、つき合うちょくれー!」
「またー? まぁいいけど……」
雅治はモテる。
そのせいで女の子たちに追い回され、疲れているらしい。世の男子高校生全員を敵に回す所業である。
思わせぶりな態度をやめればいいだけだと思うのだが、本人にその気はないという。ならまぁ……仕方ないのかもしれない。
そんな男前な弟にある日相談されたのは、彼女のふりをしてほしい、というお願いだった。家まで追いかけてくるような子に恐怖を感じるのは当然なので、私は深く考えずOKした。
それがまさか、こんなに何回もあることだとは思わなかったのだ。
今日も今日とて雅治は、家の前で追っかけの女の子に告げる。
「すまんの。俺は希々と付き合うてて……見ての通り、同棲もしとるんじゃ」
「そうでーす。私は雅治の彼女でーす」
私も無感動にいつもの台詞を繰り返す。
「そんな……っ、仁王くん……っ!」
「そういうわけじゃき、俺のことは諦めんしゃい」
「……っ仁王くんが誘ったくせに! 仁王くんなんて大っ嫌い!!」
女の子は泣きながら逃げて行った。
私は雅治をジト目で見やる。
「……雅治が誘った、ってあの子言ってたけど」
「ストーカーの言葉と可愛い弟の言葉、どっちを信じるんじゃ?」
「…………どうでもいいけど約束通り、ハーゲンダッツ奢りなさいよ」
雅治は気だるげに挙げた手をひらひらさせて、はいはい、と答えた。
私としてはスイーツのご褒美があればそれでいい。
そもそも私は社会人で一人暮らしをしている身だ。実家に帰省している時、雅治の彼女を一言演じるくらい何でもない。
あえて心配があるとすれば、真意の読めない弟の行く末……ではなく、私の身の安全である。
「雅治、あんた本当に彼女いないのよね? 私刺されたりしないわよね? ここで嘘ついたら化けて出るわよ?」
雅治は僅かに動きを止め、私を見つめた。
「……彼女なんかおらんぜよ。希々しかな」
あっそう、と適当な返事をしようとした私は、思わず声を飲み込んだ。
冗談にしては切ない、熱を帯びた眼差しに言葉を失う。
「雅、治……?」
「……夜は冷える。はよ中に入りんしゃい」
「…………うん」
何故か声をかけることが躊躇われた。
そんな夏の夜だった。
***
超一流の詐欺師とは“騙されたことに最後まで気づかせない”ものだ。
だから俺は、超一流の詐欺師になることを決めた。
この想いを自覚した時から、もう何年になるだろう。
中学の頃は他の女と遊んで気を紛らわせた。
高校の頃は希々の帰省時に彼女の振りをさせることで、多少溜飲を下げた。
そして大学生になった今、俺はより深く希々の人生に関わる術を見つけた。
「姉貴ー……。すまん……終電逃したき、泊めてくれー……」
「またー?」
一人暮らしの部屋、希々はすっぴんにパジャマ姿で出迎えてくれる。この無防備な格好を見られるのは俺だけだ。
飲み会のたびに俺はわざと終電を逃していた。飲みサーに入ったから毎週のように飲み会がある。つまり俺は毎週のように希々に会える。
希々は苦笑しつつ俺にミネラルウォーターのペットボトルを投げた。
「はい、水。頼むからリバースするならトイレかお風呂にしてよ?」
「すまんの……」
飲み過ぎた振り。
偶然泊まる振り。
本当はほとんど酔っていないことも、本当は希々に彼氏ができたか確認するためだけにここに通っていることも、俺は言わない。
「……姉貴、明日は出かけるんか?」
「私が休日引きこもること知ってるでしょ? 明日どころか明後日も家でアニメとゲームを堪能する予定」
今、彼氏はいないらしい。
「勝手に布団敷いて寝てね。いつものとこにあるから」
「プリッ」
「もう……」
心の中ではずっと名前で呼び続けてきた、愛しいひと。
「なぁ」
「何?」
「俺もここ住んじゃいけんか?」
「もうほぼ住みついてるみたいになってるけど……」
希々はベッドに潜ると、ふっと笑った。
「そんなにこのマンション、気に入った?」
俺はいつものように布団を敷きながら、平然を装って告げる。
「この部屋がいいんじゃ」
予想通り、呆れた声が返される。
「私を追い出す気?」
俺は枕の位置を調整しながら、平静を装って告げる。
「じゃあ、一緒に住まんか?」
希々が笑った。
「この部屋は一人暮らし契約だから」
知っとるが、知らない振りをする。
「そうなんか。残念ぜよ」
希々は欠伸をして目を閉じた。
「まぁ……いつか雅治も社会人になって、私に彼氏がいなくて、いい物件見つかったら……ルームシェアも悪くないかもね」
眠りについた希々を見ながら、俺は心に決めた。
俺もこれからは希々の彼氏を演じてやる。そうしなければならない状況を作ってやる。
既にこの付近で一人暮らしの物件を探しているし、もちろんこのマンションに空室ができたら越してくる。
働いている希々のかわりに、家事をしよう。弁当を作ろう。マッサージも整体も学ぼう。
毎週末だけじゃなく毎日会うようにする。生活に俺が必要だと思わせる。
なし崩しに俺を、希々の人生に侵食させていく。
これは俺の長い長い人生計画。
いつか、俺無しでは生きていけないようにしてやるぜよ。
「……俺は諦めんぜよ、一生な」
誰も聞いていない部屋に、俺の決意が小さく響いた。
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