彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*六話:運命の歯車*
ジローは俺とさくらと同じテニスサークルに所属している。まぁあいつは大抵寝ているが、そこが可愛いと女子に人気だ。そのジローが、この日さくらを見て手をぽん、と叩いた。
「さくらちゃんって誰かに似てると思ったら、希々に似てるんだー!」
「ど……こがだよ?」
「えー? 雰囲気とか一生懸命な感じとか、ピンクが好きなとことかー」
「……っ」
否定できなかった。
俺は遠目にさくらを見ながら唇を引き結ぶ。
「宍戸ってあーいうタイプが好きなんだー」
むにゃむにゃ眠りの世界に旅立ったジローの横で、俺は知りたくなかった事実に愕然としていた。
確かに時折、さくらが希々に似ていると思うことはあった。しかしそれはあくまで一瞬のことだと思っていた。
言われてみれば、彼女は希々によく似ている。
すぐ赤くなるところも、人懐っこいところも、人一倍努力家なところも、ピンクの小物を揃えるところも。
――――俺はさくらを、希々の代わりにしていたのか?
自分の中に過ったとんでもない疑問に、血の気が引いた。
俺は自問自答する。
――いつから俺は、自分のことがわからなくなった?
……希々と跡部が付き合い出した頃からだ。
――妹を取られたのが寂しかったのか?
……わからない。
――何故他の女子でなくさくらを選んだ?
……わからない。
――俺は何を求めている?
……――わからない。
「……希々」
希々は今頃、何をしているのだろう。跡部と仲良くやっているのだろうか。俺の知らない表情を跡部に見せているのだろうか。俺の知らない声で、跡部を呼ぶのだろうか。
「……っ!」
何を考えてるんだ俺は。
希々が家を出てからもう1年経ってるんだ。あの二人はとっくにそういう関係になっているだろう。
俺は希々の兄貴だ。希々の幸せを喜んでやればいい。
「亮先輩! この後ラリーしてくれませんかっ?」
さくらが頬を染めて俺の所まで駆けてきた。
「っ、おう」
俺はもやもやした気持ちから目を逸らすようにラケットを握った。
***
サークル終わり、俺はいつものようにさくらを家まで送っていた。好きだという感情は理解できなくとも、彼氏は彼女を送るものだという一般常識くらいは持ち合わせている。
相変わらず口下手な俺を責めることもなく、さくらは楽しそうに今日あったことを語る。
このまま彼女の家まで行って、おやすみと言って帰る。いつもと同じ一日。そう、今日もいつもと同じ一日になるはずだった。
しかし運命の歯車がいつ狂うかなど、誰にも予測できない。
「あ、亮先輩。あれ、希々さんじゃないですか?」
さくらの指さした方向には、希々がいた。隣に跡部もいる。
何を話しているかはわからなかったが、二人の距離は遠目にも近い。しかも次の瞬間、希々は思い切り跡部に抱きついた。
ぐらつきもせず希々を受け止め、抱き返して頭を撫でてやる跡部。満面の笑みで跡部の胸に頬擦りする希々。太陽みたいなあの笑顔。
「――――っ!」
刹那、わけのわからない衝動が心臓を塗り潰した。
その笑顔を見るのは俺だけの特権じゃなかったのかよ。抱きしめて頭を撫でて甘やかしてやるのは俺の役目だろ。何でお前がそこにいるんだよ跡部。退けよそこは俺のポジションだ。希々に気安く触るな。希々はお前のもんじゃねぇ。希々は俺の――――「亮先輩?」
「っ!!」
冷水を浴びせられた気分だった。
さくらの声で我に返った俺は、動揺を悟られないよう誤魔化しながら何とか彼女を送り届けた。
心臓は早鐘のように脈打っていた。
――俺は、何を思った?
可愛い妹の真剣な恋を応援してやる、いい兄貴?
冗談じゃない。
俺は確かに考えた。
声に出さずとも明確に心の中で叫んでいた。
“希々は俺のものだ”と。
こんなのはおかしい。シスコンを通り越して気持ち悪い。
そうだ。久しぶりに希々の顔を見たから、何かこう……懐かしい気分になって、妹を取られた悔しさが再燃したんだ。
『お兄ちゃん!』
「……っ!」
希々の笑顔が、照れた顔が、拗ねた顔が、泣いた顔が、甘える顔が、頭の中をぐるぐる回る。
跡部と抱き合っていた希々を思い出すと、胸が抉られるように痛む。
「俺は……っどうしちまったんだよ…………っ!」
夜の住宅街に、答えてくれる者などいなかった。