彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*三話:俺の妹*
俺の妹はとても可愛い。ひたむきで真面目で人懐っこくて、全身で俺を好きだと伝えてくる。
その妹が、跡部と結婚を前提に付き合いだした。しかも跡部家に早く馴染むため、高校生のうちからあいつの家に住むと言う。
意味がわからなかった。当然俺は猛反対したし、いつもは脳天気な両親もさすがに難色を示した。高校生で同棲なんて常識で考えて認められない。今は付き合うだけにして、せめて高校を卒業してから考えるべきだと。
しかし、いつもなら家族全員が反対すればすぐに意見を引っ込める希々が、この件に関してだけは頑として譲らなかった。跡部自身も何度となく宍戸家を訪れ、頭を下げて父と母を説得した。
跡部と希々の意志には、何か並々ならぬ迫力があったように思う。最初に折れたのは両親だった。
『希々が好きな人と幸せになれるなら、一度お任せしてみましょう』
俺は内心反対し続けていたが、それ以上駄々をこねるのも兄としておかしいと思い直し、口を噤んだ。
結果、希々は俺の元から離れて行った。
『お兄ちゃん! 大好き!』
あの太陽みたいな笑顔が、俺の生活から消えた。
いつまでも一緒にいられると思っていたわけじゃない。
跡部が気に食わないわけでもない。
それでも半身を奪われたような喪失感に苛まれ、俺は自分でもどうしたらいいかわからなくなっていた。
そんな大学1年の終わり。俺は大学でもテニスサークルに入っていたが、テニスをしても走り込みをしてもこの胸の蟠りは消えなかった。
だから、だろうか。2年生になって少しした頃、告白してくれた後輩と付き合うことにしたのは。
俺には恋愛とか結婚とかよくわからない。ただ、希々が跡部とどんな毎日を過ごしているのか、恋人ができればわかるかもしれないと思った。
俺が付き合おうと言うと彼女――さくらは、嬉しそうに笑った。ぶっきらぼうな俺の隣で、幸せそうにいろいろなことを話してくれた。デートに誘うのも通話するのも、スマートにできない俺の代わりに彼女から切り出してくれた。俺には勿体ないくらい、可愛くて素直で良い子だった。
――――だが、何ヶ月一緒にいてもさくらが特別だとは思えなかった。
俺が悪いのだろう。
恐らく俺は本当に恋愛に向いていない人間なのだと思う。
ただ一言、彼女に言われた台詞が頭から離れない。
『……亮先輩、妹さんのことを話す時が一番楽しそうですね』
確かに昔から俺はシスコンだと言われていたし、否定できないほど希々を可愛がっていた。『お兄ちゃん!』と笑って抱きついてくる希々を抱き返してやるのが好きだった。
天然で無邪気で、底抜けに明るい笑顔を向けてくる妹が何より大事だった。俺が守ってやると誓った。俺より希々のことを幸せにしてやれる野郎にしか渡さない、と思ってきた。
跡部はなんだかんだでいい奴だ。
大事な妹を任せる相手として申し分ないはずだ。
俺は早く妹離れしなければならない。
それがきっと希々のためにもなるはずだから。
***
「女ってこういうもんが好きなのか?」
「ぬいぐるみが嫌いな女の子はあんまりいないと思いますよ?」
すっかり慣れてきた彼女とのデート中。ふと目に入ったのは、くまのぬいぐるみだった。希々の部屋にもいくつかぬいぐるみが置かれていたことを思い出す。いつ帰って来てもいいように、そのままの状態で残っている部屋。
「……? そういや俺が誕生日にやったくま、前はベッドに置いてあったはずなんだけどな……」
「……希々さん、ですか?」
「! あ、いや…………悪い、あいつの話ばっかりしちまって……」
さくらは、少し寂しげに微笑んだ。
「いえ。妹さんを大切にしている亮先輩、素敵だと思います」
「……さくら……」
「気にしないでください! いつか私、妹さんにも認めてもらえるように頑張ります!」
俺は苦笑して彼女の髪を撫でた。
「何を頑張るんだよ」
「! えとっ、その、り、料理とかお裁縫とか……?」
「んなことしなくても、希々はお前を嫌ったりしねぇよ」
「だ、と、いいんですけど……」
赤くなって両手を上下させるさくらはどこか希々に似ていて、胸が苦しくなった。
俺は、何を求めているのだろう。