彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*二話:共犯者*
希々に初めて会った時、俺は違和感を覚えた。理由はわからない。直感だった。
部員目当ての女とは違うし、礼儀もしっかりしている。それなのにどこか歯車が噛み合わないような軋みを感じて、俺自身戸惑っていた。とは言え宍戸の妹を邪険に扱うこともできず、様子見のつもりで入部を許可した。
希々は努力家だった。レギュラーも皆希々をサポートしてやっていたし、何よりその太陽のような笑顔が奴等を魅了したのだろう。
希々は天真爛漫な奴だった。俺も最初こそ『跡部先輩』と呼ばれていたが、高校に上がる頃には『景ちゃん先輩』という謎の呼び方をされていた。
『お兄ちゃーんっ!』と宍戸に抱きついて、宍戸も妹には甘いからその頭を撫でてやって。見ていたレギュラーが集まり始めて希々を囲む。輪の中心で笑顔を絶やすことなく、気付けば大事にされていた存在。それが希々だった。
『ほんまに希々はブラコンやな』
『宍戸さんも大分シスコンですよね』
よく言われていた。宍戸は希々のことが可愛くて仕方ないのか、照れつつも『……悪いかよ』と否定しなかった。
不思議だったのは、希々の反応だった。
そんなことはない、と怒るでもなく、そうだよ、と開き直るでもなく、いつもこの話題になると希々は大人びた笑みを浮かべた。
人懐っこい小型犬のような彼女からは想像できない、悲しく儚い笑みを。
明らかに妙な様子なのに、何故か誰も指摘しない。
俺はそれを忍足に尋ねた。
返ってきたのは予想外の台詞だった。
『何やそれ。跡部の気のせいとちゃうん? 希々、いつもと変わらんやん』
そうか。俺しか気付いていなかったのか。
この時俺は理解した。
兄妹の話題になると希々の表情が曇る理由。希々が毎日宍戸に向けている熱い視線の理由。
気のせいなどではなかった。俺は、俺だけはその残酷な事実に気付いてしまうほど――――希々のことが好きだったのだ。
見ていたからわかってしまった。
あの眼差しを欲しいと思っていたからこそ、知ってしまった。
俺の好きな人は兄に想いを寄せて苦しんでいた。
伸ばされた手を振り払うという選択肢ははじめからない。
俺を好きになれよ。
口から溢れそうな本音を隠して、俺は彼女の共犯者になることを選んだ。
***
「けいちゃんせんぱい…………それ、わたしのおやつ…………」
「……どんな夢見てんだよ」
隣ですやすや眠る希々の前髪を梳いて、頬を指先で撫でる。すると眉間に寄っていた皺がへにゃりと消えた。
「…………」
出会ってからもう、かれこれ6年が経とうとしている。希々は受験を控えた高校3年生で、俺は大学に通っている。
婚約者として俺の家で暮らすようになったのは1年前だが、勿論俺達はそういった関係にない。
手を出したい、のが本音だ。しかし宍戸への想いに潰されそうな希々を見れば、自然とそんな衝動は消えてしまった。
世界中で俺だけが彼女の想いを知っているから、彼女は俺に全幅の信頼を寄せて甘えてくる。恐らく希々にとっては俺が本当の兄のような存在なのだろう。
以前彼女はぽつりと問うた。
『私……お兄ちゃんに甘えるふり、上手だったでしょ?』
べたべたに甘えていたのでは、と思ったが、希々は切なく自嘲した。
『くっついていたくて、……でもこの心臓の音がバレたらどうしようって、いつもびくびくしてた。この気持ちがお兄ちゃんに伝わっちゃったらどうしようって、気持ち悪いって思われたらどうしようって……怖くて仕方なかった』
『……、』
『ブラコンな妹のふりをしてれば、何かあっても誤魔化せると思ったの。お兄ちゃんも優しくしてくれたの。妹って立場を憎んでたくせに、その立場を利用してお兄ちゃんの傍にいたの。……私、ずるいよね』
俺は何も言えなかった。
希々を助けるふりをしながら、他の男を遠ざけ傍に置いている自分も狡いと知っていたから。
「……俺達は…………共犯者、だもんな」
どうしたら希々は宍戸を忘れられるのか。
どうしたら希々は罪の意識から救われるのか。
わからないから、せめて夢の中では彼女が苦しむことのないよう、小さな背に腕を回して目を閉じた。
俺の体温が届くことを願って。