彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*最終話:誰より大切な、景吾へ*
この日、学校から帰って来た希々が俺に見覚えのない紙を差し出した。形状から察するに手紙のようだ。
まさか希々からの手紙がもらえるということか。そんな期待に一瞬胸を踊らせたが、どうやら違うらしい。
「先輩! これ、お兄ちゃんから手紙だって」
「あん? 俺に手紙だ?」
若干落胆しつつも、愛しい希々から渡された手紙を開く。
『一、くまごろうを無理矢理捨てるなよ。※ただし希々が望むなら可。
二、希々が大学卒業するまでは避妊しろよ。※ただし希々が望むなら可。
兄としてこれくらいは言わせてもらうぜ』
「………………」
俺は頬を引き攣らせて手紙を握り潰した。
「景ちゃん先輩?」
「…………」
「先輩?」
「………………いや、何でもない」
希々は悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の顔を覗き込む。
「えー、何なに? 気になるー!」
意地でも見せたくない。
何故なら俺は今まさに、あのでかい熊のぬいぐるみを処分しようとしていたからだ。思考を読まれている気がして腹立たしい。
『※ただし希々が望むなら可。』
という一文も癇に障る。
兄という立場に戻った宍戸が純粋に妹のことを思って言い出したとわかるからこそ、尚更腹が立つ。
もちろん俺は嫉妬であの熊を捨てるつもりだった。ようやく希々が俺だけの本物の婚約者になったと言うのに、何故忌々しい宍戸の象徴を――よりにもよってベッドに置かなければならないのか。
俺の怒りは理解してもらえるだろう。
だが、あのぬいぐるみは希々の宝物だ。苦楽を共にしてきた相棒であることは想像にかたくない。
「………………」
何も言わずに捨てるのは、まぁ、確かに良くない。
俺は握り潰した手紙をポケットに押し込み、でかい熊を指さした。
「…………あのぬいぐるみ、まだあそこに置いておくのか?」
「くまごろうのこと?」
こてん、と首を傾けて希々はベッドに目を向けた。
「捨てないとだめ?」
「、」
思わず言葉に詰まった。
捨てて欲しい、という気持ちを上手く言葉にできない。自尊心の問題ではない。俺はぬいぐるみ自体は何とも思っていないことに、今気付いた。
俺は希々に、あのくまを“捨てること”を選んで欲しいのだ。
きっと心のどこかに潜んでいた疑いと怯え。
本当に宍戸ではなく俺を選んでもらえたのか。
その道に悔いは無いのか。
あのくまを贈った主は俺達を応援してくれているようだが、希々自身にもう未練はないのか。
「……」
あまりに女々しくて言えるわけがなかった。
しかしそんな俺の心を読んだように、希々は微笑む。
「どこかに取っておきたいけど……景ちゃん先輩が不安になるなら捨てていいよ」
「そ……んなこと、」
希々は俺を安心させるように抱きついてきた。
「ずっとずっと、不安にさせちゃってごめんね。痛い思いさせちゃってごめんね。先輩が安心できるなら、寂しいけど捨てていいよ」
「希々……」
「わかってほしい。伝わってほしい。私が好きなのも笑顔でいてほしいのも、景ちゃん先輩なんだよ。私が一番好きなのはお兄ちゃんじゃなくて、景ちゃん先輩なんだよ」
「――――」
俺は現金な人間だ。
その言葉だけで、全てが報われた気がした。
***
結局くまごろうは捨てられることなく、倉庫に移された。かわりにうさこが2つのベッドの真ん中にやってきた。今まで2体いたぬいぐるみが1体だけになって、景観としては少し寂しい。
先輩もそう感じたらしく、大きいうさぎのぬいぐるみを買おうとしていたので必死に止めた。
くまごろうが大切だったのは大きいからじゃないし、うさこは大きいうさぎのぬいぐるみより大切だ。
そう告げてもまだ何か買いたいらしい景ちゃん先輩があまりに可愛くて、私は考えた。
そもそもうさこは売り物ではないし、先輩が初めてUFOキャッチャーで取ってくれたから大切なのだ。先輩がくれたものだから、大切なのだ。
そこで閃いた。
毎年先輩の誕生日は何をあげればいいか迷ってきたけれど、今回ばかりはこれ以上ないくらい素晴らしい案に違いない。
SNSで回ってきたキャラクター情報で見つけた。一般販売ではなくゲームセンター限定の、うさぎのぬいぐるみ。
うさこと対になる、淡い水色のうさぎ。
小さな王冠が付いているところが先輩みたいで、これしかないと思った。
あのゲームセンターの系列店で、私はUFOキャッチャーに挑んだ。千円札が数枚消えたけれど、私は満足感でいっぱいだった。
プレゼントは隠してある。明後日……正確には明日の夜の先輩の誕生日が待ちきれなくて、なんだか眠れない。
隣で寝息を立てる先輩の、整った顔を見つめる。
睫毛が長い。月明かりに透けて銀色に見える。こんなこと、車に乗せてくれた日にも思った。
先輩は誰より綺麗だ。
こんなに綺麗な人が私を好きでいてくれることが、少し信じられないくらい。
でも私は先輩が綺麗だから先輩を好きになったわけじゃない。
これからいっぱいいっぱい、飽きるくらい伝えていきたい。
「ねぇ先輩。……明日、楽しみにしててね」
そっと呟いて、先輩の額にキスをした。
瞬間。
「ふぇ!?」
突然背中を抱きしめられて、体勢を崩すと同時に唇を塞がれた。
「ん……っ!」
頭の後ろに回された手のひらは大きくて熱い。
ちゅ、と軽くリップ音を立てて解放された私は、赤くなってへたりこんだ。
「お、起きてたの?」
先輩はくつくつ笑う。
「隣でそれだけそわそわされちゃあな」
「寝たふり! ひどい!」
「寝たふりじゃねぇ。寝る準備のルーティンだ」
「へりくつ!」
こんな些細なやり取りが嬉しい。
先輩は身体を起こしながら欠伸を噛み殺した。
「……つーか今、何時だ?」
私は無防備な様子の先輩に胸をきゅんとさせつつ、時計を確認した。
「10月3日午前0時であります隊長!」
「……」
先輩は枕元にあった時計をしばらく見ていたが、不意にその時計を弄り始めた。
「先輩?」
あっという間に電子音が響いて、日付が10月4日に変わる。デジタル表示は10月4日午前0時。
「えっ? えっ?」
先輩の意図がわからず困惑する私に、悪戯っぽい笑みが向けられる。
「さて、俺様を楽しませてくれるっつー誕生日プレゼント……是非頂こうじゃねぇの」
「えっ? ……えぇ!?」
私は目を丸くして叫んだ。
先輩は私の頬にキスをして、わざとらしく上目遣いを寄越す。
「……っ!」
こんな色気の塊みたいな人が可愛い仕草をするのは反則どころか暴挙だ。
さっきから私の頭はまったく動かない。
「だっ、だってこんなの、ほんとの誕生日じゃないし、」
「世界を飛び回ってりゃ時差だの何だので正確な日付なんざわかりゃしねぇよ」
「でも、まだ3日で……」
「この時計は4日だろ」
スマホ画面を見せようとした私の手が、大きな手に包まれる。見ないでくれ、という意の動き。
薄暗がりの中、先輩は痛いくらい真剣な目で私を見た。
「……明日はどうせ世界中から祝いのメッセージやら何やらが来てうるせぇんだ。俺は今…………俺とお前しかいないこの空間で、祝いの言葉を貰いたい」
「先輩……」
私は頷いて立ち上がった。クローゼットの中に隠しておいた包みを取り出して、ベッドまで戻る。少し緊張しながら、プレゼントを先輩に差し出した。
「景ちゃん先輩……お誕生日、おめでとう。これが私史上最高の誕生日プレゼント、です」
先輩は「今、開けていいか?」と訊く。
私は頷いた。
誕生日当日の日付が変わる瞬間に渡す予定だったけれど、主役の希望が一番優先されるべきだ。
喜んでもらえたら、それ以上望むことなんてない。そしてこのプレゼントを喜んでもらえるかどうかは、日付なんて関係ない。
私の心からのプレゼントは、果たして喜んでもらえるのだろうか。
***
包みを開けて、思わず胸が詰まった。
王冠を付けた水色のうさぎが、手紙を持っていた。
このうさぎはうさこと手が繋げる仕様で、とかなんとか愛しい声が説明している。残念ながら俺の耳には内容が半分ほどしか入っていない。
青い封筒を手に取り、シールを破らないよう気をつけて剥がす。白地に金の縁どりが美しい便箋には、いつになく綺麗な希々の字が綴られていた。
『景ちゃん先輩へ
お誕生日おめでとう!
あのね、伝えたいことがいっぱいあるから、手紙にしました。ちゃんと言葉でも伝えるけど、こうやって形に残ったら先輩は嬉しいんじゃないかな、って思ったから。
手紙なら何年後でも読み返せるし、10年後には“あんなことあったね”って2人で笑ったりできたら嬉しいな。
お祝いの日に書くことじゃないかもしれないけど、ちゃんと知ってほしいから、初めて書くね。
私、ほんとは何回か死のうと思ったことがあったの。間違いだらけの道しか歩けなくて、誰にも許してもらえないと思ってたから。お母さんにもお父さんにも誰にも言えなくてつらかったから。
だけど、先輩に初めて“あいしてる”をもらった日にね、嬉しい涙が初めて出たの。私、この日のために生まれてきたのかなって思ったの。もう独りじゃないんだって、生まれて初めて思えたの。
私、先輩とならどこへだって行ける。海外生活だってできるよ。英語の自信はないけど!
だって先輩が教えてくれたの。この世界にはたくさんの幸せがあるってこと。
守ってくれる人がいること。笑顔にしてくれる人がいること。許してくれる人がいること。こんな私でも愛してくれる人がいること。
ぜんぶ、景ちゃん先輩が教えてくれたの。
先輩。
今まで守ってくれてありがとう。傍にいてくれてありがとう。私の涙を隠してくれてありがとう。私に愛をくれてありがとう。
私を好きになってくれてありがとう。
これからは私が先輩を守るよ。世界が敵になっても、私だけは絶対に先輩の味方でいるよ。ずっと傍にいるよ。先輩が泣いたら抱きしめてあげる。先輩が泣けなかったら先輩の分まで泣いてあげる。いっぱいの愛をあげる。
先輩に、私のぜんぶ、あげる。
私の全部で、先輩を幸せにできるようにがんばる!
だから、先輩のこれからの時間、隣にいさせてください。
景ちゃん先輩、好きです。大好きです。
誰より大好きです。
誰より大切な、景吾へ。
生まれてきてくれて、ありがとう。
希々より、愛を込めて』
「……っ!!」
涙が溢れた。
情けなく震える俺の肩を支えて、希々が切羽詰まった声を上げる。
「ちょ……っ、景ちゃん先輩!? だいじょうぶ!? 私、何か変なこと書いちゃった……!?」
「……っ」
違う、そういうことじゃない。が、声が出ない。
「あの、その、手紙なんて小学校以来書いてなかったし、一般的な作法? とかわかんないし、何か変なこと書いちゃってたらごめんなさい!」
喉が熱い。ここ最近味わう、二度目の熱ともどかしさ。心が震える。
年上の余裕を取り繕うことすらできずに、俺はくしゃくしゃの顔で笑った。
「……っ最高の、プレゼントじゃねぇの……っ」
「えぇええ、それ喜びの涙なの!? そんなにうさこ2号が嬉しかったの……!?」
私って天才なのでは、などと宣う婚約者を抱きしめる。
「ぐぇ! 景ちゃん先輩、痛い痛い!」
「……希々」
このうさぎで俺の涙腺が決壊したと考えるあたり、やはりこの婚約者は鈍い。そんなところも変わらず、愛おしかった。
「手紙で呼べるなら、これからは俺のこと…………名前で呼べ」
「うぇえ!? そ、それはちょっと難しい、かな……あはは……」
「俺の誕生日なんだから、俺の頼みを聞くのが筋だろ」
「う、うぅ…………」
恥ずかしがる希々が“景吾”と呼ぶまでキスの雨を降らせたのは言うまでもない。
「希々、愛してる。最高の誕生日プレゼント……ありがとな」
「うん! うさこ2号と一緒に置いたら、もうベッドも寂しくないでしょ?」
「俺はお前さえいれば寂しくねぇ」
「!! わ…………私、も…………その、……景吾、がいれば、寂しくない、よ」
「……やべぇ、そんな顔する希々が悪ぃ。もっとキスさせろ」
「何で!! ちょ、景吾……っ!」
これからも、君を守り続けよう。
鈍くて優しくて泣き虫な、うさぎのような君を。
Fin.
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