彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*三十六話:恋してた*
希々から呼び出された俺は、どこかでわかっていたんだと思う。
認めたくなくて、認めるのが怖くて、一瞬、もう無理矢理俺のものにしてやろうかと考えた。
そうすれば希々は俺のことを忘れられない。跡部と何をしようがどうなろうが、常に俺が心の中に居られる。
……けど、いざ希々の顔を見たら、そんなことできるわけがなかった。
俺は長年希々の想いに気付かなかった。俺自身の想いにも気付けなかった。それが全てだとわかった。
苦悩していたのは希々だ。その希々を救ったのは、俺じゃない。
消えない痕を刻んでどうする。もう既に俺は、希々の心に深い傷を負わせているのに。
わかってる。
希々は俺を忘れない。希々が俺を好きでいてくれた事実はなくならない。
わかってる。
希々は幸せになるべきだ。希々を俺より幸せにできる奴が、とうとう現れた。ただそれだけのことだ。
わかってる。
選ぶのは、希々だ。
俺は選ばれなかった。
でも、愛を自覚してからの数ヶ月の喜びと葛藤は無駄にはならない。
わかってる。
だから俺は――――。
***
「お兄ちゃん、聞いてほしいことがあるの」
「……おう」
いつもならその腕に身を任せてしまうこの場所。大好きだったお兄ちゃんの部屋で、私はお兄ちゃんに向き合う。敢えてこの場所を選んだのは、私なりのけじめだ。
「……立ってする話じゃねぇだろ。ほら、そこ座れ」
お兄ちゃんはいつもならベッドを指さすのに、今日は座布団を渡してくれた。
何だろう。兄妹だからか、通じ合うものがあるのかもしれない。何となくだけれど、お兄ちゃんも話の内容をわかっている、そんな気がした。
青い座布団にお兄ちゃんが腰を下ろして、胡座をかく。
そんな仕草も、好きだった。
「……うん。ありがとう」
私は桜色の座布団を受け取って、お兄ちゃんの正面に座る。
お兄ちゃんの真似をして、胡座をかいた。
今までお兄ちゃんの目の前ではお姉さん座りをしたり正座をしたりしてきた。可愛い女の子に見られたくて、できなかった姿勢。
「……あ、のね…………」
ずっと好きだった18年間を思うと、喉が詰まって声が上手く出て来なかった。
お兄ちゃんは少し切ない笑顔で、急かすことなく待ってくれている。
言わなきゃいけないのに。言わなきゃいけない、から。
「私、わたし……っ!」
さよなら、の一言が、苦しい。
でも。踏み出す一歩なら、今から。
「……私…………お兄ちゃんのこと、ずっと好きだったの。ずっとずっと好きだった。誰が何て言っても……私の初恋はお兄ちゃんだよ。私とお兄ちゃんと景ちゃん先輩、世界で3人しか知らないけど…………でも、お兄ちゃんが私の初恋だよ」
「…………あぁ」
私はぎゅっと拳を握りしめて、息を吸った。
「今まで……たくさん、ありがとう。妹として大事にしてくれて、ありがとう。両想いになれるなんて思ってなかったから……女の子として好きになってくれて…………ほんとに、ほんとにありがとう」
「……あぁ」
「だけど、私……」
何故か涙が込み上げたけれど、私は真っ直ぐお兄ちゃんの目を見つめた。
「私、景ちゃん先輩が好きなの。景ちゃん先輩と、生きていきたい」
「…………そうか」
お兄ちゃんは私を責めなかった。
困ったように首をかきながら、目を伏せる。
「……俺のこと、恋愛で好きじゃなかったのか?」
私はそんなお兄ちゃんから目を逸らさないように、言葉を紡ぐ。
「好きだったよ。……ずっと、恋してた」
「…………跡部への感情とどう違うんだ?」
「……それ、は…………」
言ったらお兄ちゃんを傷付けてしまう気がする。
だけど、お兄ちゃんはそれを聞きたいんだと思う。この関係に終止符を打つために。自分を納得させるために。
私にはもう、正直な気持ちを伝えることしかできない。
「…………お兄ちゃんも景ちゃん先輩も、そばにいたい。だけど…………離れたくないのは、景ちゃん先輩なの。これからの……未来のことを考えた時、隣にいたいのは…………お兄ちゃんじゃなくて、景ちゃん先輩だったの」
「――……」
私は頭を下げた。
「お兄ちゃん……ごめんなさい」
お兄ちゃんはわざと乱暴に私の頭を撫でた。
この手つきは妹として接してきた頃のものだとわかる。その優しさに堪えていた涙が零れた。
「なんで希々が謝るんだよ! お前は何も悪いことしてねぇだろ?」
「……っおにぃ、ちゃん……っ!」
「……そうだ。俺はお前のお兄ちゃんだ。だから…………結婚式には、呼んでくれるか……?」
「……っ!!」
“お兄ちゃん”の顔で微笑むお兄ちゃんを見て、私は泣き笑いで答えた。
「……っうん! これからもお兄ちゃんのこと、だいすきだよ!」
「……っあぁ、俺もだ」
あの頃独り膝を抱えていた私は、もういない。
今は抱きしめてくれる人がいる。
だからもう、迷わない。
「跡部に泣かされたら言えよ? 俺が一発殴ってやる!」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」
さよならは、言わなかった。
だけど、確かに1つの恋が終わった。
そんな、日曜だった。