彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*三十五話:生涯忘れたくない*
私は走った。
少しでも早く景ちゃん先輩に会いたかった。
私馬鹿でごめんなさい。
ずっとずっと、傍にいてくれた。
私が自分のことで精一杯だったのに、つらいのを我慢してまで抱きしめてくれた。
きっとジロちゃんが言ってたみたいに、先輩はすごくすごく心が痛かったはずだ。
今からじゃ間に合わないかもしれないけど。
今からじゃとても返せるものなんてないかもしれないけど。
今からあなたに伝えたい。
私の――――。
***
――バンッ、
「景ちゃん先輩!!」
友達と会うと言って出かけた希々が、血相を変えて戻ってきた。ノックもなく大きな音を立てて開かれた扉。
「どうした!?」
俺は仕事を放り出して彼女に駆け寄る。
「何か言われたのか? 宍戸とのことがバレたのか?」
「……っちがう……!」
希々は俺に抱きついてきた。どこか必死な様子に不安が込み上げる。
縋り付く背中に腕を回し、痛みは感じさせないよう抱き返してやる。
「……どうした? 何があった?」
俺はなるべく冷静さを装った。俺だけでも落ち着いているべきだと思ったからだ。
こんな勢いでやって来るのは、ファーストキスをしてくれと言ってきた時以来だ。自然と嫌な予感が湧き上がるのを理性で押し込める。
しかしどうやら、希々は焦っているわけではないようだった。俺の胸に頬を押し付け、ぎゅっと抱きついている。……いや、これは抱き締めている、のだろうか。
俺が脳内で疑問を並べている間に、希々は何かを決意したらしい。
「せんぱい……聞いてくれる?」
「……あぁ、何でも話してみろ」
希々は一度深呼吸してから大きく息を吸って、声を絞り出した。
「今までずっとずっと、ごめんなさい……!」
「、」
「待たせちゃって、ごめんね……!」
顔を上げた希々は、涙を浮かべながら言った。
「私、景ちゃん先輩が好き……! 私が一緒に生きていきたいのは、景ちゃん先輩なの……っ!」
――――これは、勘違いじゃないのだろうか。
浮かれていいのだろうか。
喜んでいいのだろうか。
――俺を、選んでくれたのだろうか。
「私、私……っ! 景ちゃん先輩が好きなの。大好きなの……! ずっとずっと一緒にいてくれて、ほんとにほんとにありがとう……! こ、これからも、一緒にいて、くれますか……っ?」
「……っ馬鹿野郎……っ!!」
もう我慢できなかった。
加減などできずに小さな身体を掻き抱く。
「せんぱ、――」
その唇を塞いで、俺の名前を呼ぶ声ごと飲み込む。
身長差で立ったままキスするのがつらそうな希々を見て、手近なソファに押し倒した。
「ふ、ぁ……っ」
「――希々、答えてくれ」
整わない体勢のまま、真っ赤な頬で希々は頷く。
「宍戸じゃなく、俺を選んでくれるってことか?」
「うん……っ!」
「……っちゃんと宍戸に、断れるのか?」
「うん……っ!!」
明確な返事に、一瞬頭が真っ白になった。
希々は俺の頬に触れて、泣きそうな笑みを浮かべる。
「……ごめんね。ありがとう。大好き。……言いたいことが多すぎて、一言でまとめられないけど……」
希々の唇が、俺の唇に重なってそっと離れる。
「先輩が、初めてくれたの。“あいしてる”」
「――――」
希々からキスされたのは初めてで、俺も目頭が熱くなった。
「私、ずっとわからなくて……今もちゃんとわかってるわけじゃないと思う。だけど……お兄ちゃんに言われた“愛してる”より、景ちゃん先輩にもらった初めての“愛してる”が、私の中にあるの。ずっとあるの」
「、」
喉が熱くて声にならない。
「“好き”っていっぱいあって、たぶん“愛してる”もいっぱいあると思う。だけど私が返したいのは――景ちゃん先輩への“あいしてる”なの」
「……っ」
「もらったおっきな愛には届かないかもしれない。私のこの気持ちが、ちゃんと愛なのかもわからない。だけど私がさよならしたくないのも、これから先も一緒にいたいのも、あいしてるを伝えたいのも――――お兄ちゃんじゃなくて、景ちゃん先輩なの」
――あぁ、もう駄目だ。
ひとしずく落ちた雫と共に、俺は破顔した。
「……返事が、遅いんだよ…………馬鹿希々」
希々は俺を見上げて、花が開くように笑った。
「待たせてごめんね。……だけどこれからは私が、先輩にいっぱい大好きをあげるから!」
「希々、」
「もらった分を超えられるまで、ずっと……私の愛をあげる。大好きだよ、景ちゃん先輩。誰より大好きだよ!」
流れる涙を隠すようにキスを交わして、お互いが泣いていることに笑い合う。
「希々……愛してる」
「先輩、だいすき!」
こんな幸せな日が来るなんて、俺は想像もしていなかった。こんな幸せな日が来ることを、想像できなかった。
宍戸は希々の初恋の相手で、俺は希々の人生においてぽっと出の存在でしかない。
何度胸が痛くなっただろう。
何度弱音を堪えただろう。
それでも俺は、希々を諦めるという選択肢だけはなかったことに今気付いた。
「……これからも俺が愛し続けるから、希々が俺を超える日は永遠に来ねぇな」
「えぇ!? じゃあ私は2倍……うぅん、30倍愛をあげる!」
「なら俺もその倍、愛してやる」
「えぇえええ!? 先輩、ハードル上げすぎないで……!」
こんなやり取りが愛しくて、嬉しくて、俺はこの日を生涯忘れたくないと思った。