彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*二十九話:好きになっちゃった*
迎えに行った希々の様子は明らかにおかしかった。宍戸と何があったのか、どんな変化があったのか。
――俺はもう、必要なくなったのか。
知りたくて、知りたくない。
しかし知らなければ先に進めない。
俺は希々と俺自身の心を落ち着かせるために、海に来た。
雄大な自然を前にすると不思議と動揺が消えていく。それは希々も同じだったようで、泣きそうだった表情が穏やかなものに変わっていった。
沈み行く太陽を眺めたまま、希々は口を開いた。
「……あのね、私……どうしたらいいかはわからない。だけど、どうしたいかはわかるよ。だから、その気持ち……聞いてほしい」
「……あぁ」
潮風が希々の髪をさらっていく。
「お兄ちゃんへの気持ち、……忘れるべきかわからなくなったの。同じ気持ちなら、忘れなくてもいいんじゃないかなって思ったの」
それはそうだろう。両思いなのだから。
「……だけど私たちは兄妹だから、それが世間に認められないってことはわかってる。お父さんとお母さんを悲しませるってこともわかってる」
「……」
希々は暗くなり始めた空を見上げ、切なく微笑む。
「私、お兄ちゃんに会いたい。……好きな人だもん」
「……っ!」
俺は、いよいよ要らないと言われるのか。本当にさよならと言われるのか。
胸が痛い。唇を噛み締めて何とか痛みに耐える。たとえ別れの言葉でも、希々からの思いを受け止めたかったからだ。
しかし次の瞬間放たれた言葉に、俺の脳は思考を止めた。
「…………だけどごめんなさい、景ちゃん先輩。私、…………先輩のことも好きになっちゃった……」
「、…………は……?」
希々は自嘲するように笑んで俯く。
「私……お兄ちゃんと話してわかった。お兄ちゃんのことがまだ好きだって。だけど先輩と離れてわかった。……いつの間にか私、先輩のこと好きになっちゃってたの」
「……!!」
俺の心臓は早鐘のように脈打つ。
「お兄ちゃんへの気持ちと景ちゃん先輩への気持ちは少し違うけど、どっちが本物の“好き”なのかわからない。……好きな人が二人いる、なんて……おかしいよね。そんなの許されないと思う。だから……ごめんなさい、景ちゃん先輩」
希々は俺の目を見て力なく唇の端を上げた。
「先輩のこと、好き。大好き。ずっと一緒に居たいけど…………先輩からさよならって言われる覚悟、できてるよ。最後に伝えたかったの」
風が希々のワンピースを揺らす。希々は少し首を傾けて、もう一度繰り返した。
「景ちゃん先輩、好き。大好き。ずっと傍にいてくれてありがとう。…………私から、さよならは……っ、悲しくて、言えない、から…………っ」
大きな瞳に涙が膜を張る。声が震えて、それでも希々は必死に笑みを作った。
「せんぱい、……から、言って……っ?」
「……っなんで……っ!!」
俺は力加減も忘れて希々を掻き抱いた。
「せんぱ、」
「何で離れる前提なんだよ……っ! 希々が言ったんじゃねぇか、宍戸以外で好きになるなら俺だ、って……!」
「そうだけど、ん…………っ」
桜色の唇を奪い、きつく抱きすくめる。
「二人が好きでもいい! 宍戸との関係が変わってもいい! けどなぁ……っ!」
俺の視界も僅かに滲んでいた。
「俺のことも想ってくれてんなら、傍に居てくれよ……っ!! 俺が今更呆れるとでも思ってんのか? 怒るとでも思ってんのか? んなわけねぇだろ……っ!!」
焦がれ続けた相手が自分のことを好きだと言ってくれた。その喜びたるや、筆舌に尽くし難い。どちらが本物の好きかなど後回しだ。
何より大事なのは俺が許されたということだった。
これから俺は一方的でない想いを告げることができる。口にしても希々の重荷にならない告白ができる。それがどれだけ嬉しいことか、希々にはわかるはずだ。
どんな種類であれ俺のことも好きだと言ってくれるのなら、もっと近付きたい。伝えたい。むしろ俺の全てで愛情を伝えてからでなければ、希々の答えなど聞けやしない。
俺は希々の耳元で繰り返した。
「好きなんだ、愛してるんだ、揺れてるお前でも…………。あいつだけじゃなく俺のことも見てくれるようになったなら、……傍に居てくれよ……」
「せんぱ、い……」
「いつかは俺だけを好きだと言わせてみせる。……だから勝手に暴走して、さよならなんて言うな……っ」
「……っ先輩……っ!」
俺の背に細い両腕がしがみつく。
「私……っ、先輩のところに居て、いいの……っ?」
「当たり前だ、馬鹿野郎……! ……あっちの家に帰すつもりなんざねぇ。希々の家は……俺ん家だ」
希々は何度も頷いた。
「私……っ、景ちゃん先輩のところに居たいよ……っ!」
「遠慮してんじゃねぇよ、……婚約者だろうが」
「……っ、えへへ、そうだね」
泣きながら笑う希々と交わしたキスは、初めてではないのに初めてのように俺の胸を叩いた。