彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*二十七話:必ず取り戻す*
希々と自室に戻った俺は気付かれないよう後ろ手に鍵をかけ、こちらを向いた小さな身体を抱きすくめた。
「お兄ちゃ、」
「……帰るなよ」
全身が希々を求めていた。額に、僅かに腫れた瞼に、優しいキスを落とす。足りない。もっと触れたい。もっと感じたい。
俺は自分の中にこんな激情があったことに驚いていた。
「帰るなよ、希々。ずっと家に居てくれよ……。また一緒に暮らそう。……な?」
「……できないよ。だって私、景ちゃん先ぱ、――――ん……っ、」
跡部の名前を聞きたくなくて、唇を塞ぐ。愛玩するように啄み柔く食むと、希々は俺のTシャツに縋りついた。邪魔された分を取り戻すように口づける。ふわりとした唇の感触と熱い吐息が心地好い。
「……っは、ぁ…………っ」
上手く息ができないのか、希々の膝は早々に力を失う。俺は希々の膝裏に手を回し、抱き上げながらベッドへ雪崩込んだ。
「おにぃ、ちゃ……っ」
「帰さねぇよ。あいつの所になんて」
「……っ!」
希々は息を飲んで目を見開いた。
「……もう、隠し事は無しだ。全部教えてくれ。……俺も全部話すから」
「ぁ…………」
「……言い辛いならまだ言わなくていい。ただ――このままキスさせてくれ。……初めて…………生まれて初めて、好きな相手とキスできたんだ。俺の初めては…………もうこの先、希々だけでいい」
完全にスイッチが入っていた。
希々の耳朶に唇を寄せて数回吸い上げる。ちゅ、という音が響く度に希々は肩を震わせた。そのいじらしい反応にすら興奮してしまう。
「ん…………っ」
目をきつく閉じて仰け反る妹。遠慮がちな喘ぎ声と色づく頬は容赦なく俺の劣情を煽る。
「……嫌……か……?」
耳の奥へ息を吹き込むと、希々は真っ赤になって首を左右に振った。
「いや、じゃ、ないよ…………っ」
外耳に軽く歯を立てて声を送る。
「なぁ……跡部とはもう、寝たのか……?」
希々はきつく閉じた眦に薄ら涙を浮かべ、首を横に振った。
「そ、んな、こと、してな……っ」
衝動が止まらない。
「跡部と……キスはしたのか?」
「、……っお兄ちゃん、が、……っぁ……!」
「俺が……?」
小さな耳孔に舌を差し入れる。
くちゅ、と湿った音を立てながら右手で希々の左手を探り、指を絡めて固く繋ぐ。希々は息も絶え絶えに答えた。
「……っ彼女さ、んと、……っキス、してた日に…………っ! 先輩に、お願いして、キス……っしてもらっ、ぁ……っ」
――あの日か。
さくらとのキスを見られたあの日。忘れもしない、衝撃を受けたような希々の顔。
「へぇ……。俺のことが好きなのに?」
俺は自分のせいで、希々のファーストキスを跡部に奪われたらしい。もう変えることのできない事実に、後悔と嫉妬の炎が胸を焼く。
「……っお兄ちゃ、なんでそんないじわるなこと、言うの……っ?」
「――――嫉妬するに決まってんだろ。俺の希々なのに……ファーストキスは俺じゃねぇ、なんて」
希々の顔をよく見たくて、俺は身体を起こした。俺を見上げる潤んだ瞳は、確かな熱を孕んでいる。
「……俺に触れられるの、嫌か?」
首が左右に動く。希々は頼りない右腕を上げ、泣きそうな声で「こっちも手…………つないで…………」と呟いた。こんなの確信犯だ。俺のなけなしの理性がどろりと溶けていく。
要望通り両手を恋人繋ぎしてやり、再び問いかけた。
「俺にキスされるの……嫌か? 嫌ならもうしねぇから、言ってくれ。……じゃねぇと…………俺が、辛い」
妹相手に欲情する変態。もうそれでいい。俺の頭はまともに機能することを自ら放棄した。
希々が手に入るならまともじゃなくていい。おかしくていい。希々は恋人繋ぎをした両手に弱々しい力を込め、ふにゃりと笑う。
「お兄ちゃん……嫌じゃないよ……。お兄ちゃんのキス…………気持ち良くて、意識がふわぁって飛んじゃいそう……。私いま、夢見てるんじゃないよね……?」
好きな女を押し倒しているこの状況でこんなことを言われて何も感じないほど、俺は鈍感ではない。
「……っ可愛すぎること、言うな……っ!」
微かに残っていた自制心が消えた。
夢だと思われないよう、確実に現実だと伝わるよう、俺のキスを刻み込む。噛み付くように激しく希々に口づけながら、その唇に初めて舌を這わせた。
「……っ? …………っん、」
希々は頬を上気させ、目で俺に訴えた。言葉がなくても伝わる。
“これ、なぁに?”
“私、どうしたらいいの?”
ディープキスはまだ跡部にされていないとわかり、制御できない程に独占欲が膨れ上がった。
――優しく甘く官能的に、永遠に枯れない花園へ誘おう。散る儚さよりも、永久に咲き誇る姿の方が美しい。たとえそれがどんなに歪でも。
「……希々、口開けてくれるか?」
「え……? う、うん」
素直に開いた咥内に熱い舌を差し入れる。
希々は目を見開いて強く身体を硬直させた。
「おにぃ、ちゃ……んん…………っ!」
後は溺れるだけだった。
わけがわからず縮こまる希々の舌を吸い、本能に任せて味わう。歯列の裏や上顎の性感帯を執拗に攻め、甘い唾液を嚥下する。
希々は俺にされるがまま深いキスを覚えさせられ、何度も身体を跳ねさせた。
見慣れた部屋が見慣れない色香に染まる。荒い息遣いが満ちて正常な感覚を遠ざける。
……どれくらいそうしていたかはわからない。
ただ、気付けば時計はとうに日付を越えていて、希々の方も慣れないながらにキスに応えてくれるようになっていた。
――これは合意だ。俺と希々は惹かれ合っている。それを邪魔することなど何人たりともできはしない。
「ぁ…………、おにぃ、……ちゃ…………」
控えめに伸ばされた小さな舌を絡めとって、俺はようやく充足感を得た。もはや自力で動くことすらできない希々の隣に寝転び、抱きしめる。
速い鼓動と香り立つ匂い、喉元に当たる熱い息。妹としてでなく女としての顔を見せる希々が愛しくて、何度も髪を撫でてやる。希々は微睡みの中俺に擦り寄ってきた。
2時間近くキスをし続けたせいで、唇が痛い。しかしその痛みさえ幸せだった。
***
希々の背中を撫でてやっているうち、だんだんと呼吸が落ち着いてきた。
俺の胸元に伏せられていた顔が動き、遠慮がちに見上げてくる。
「お兄ちゃん…………慣れてる、ね。彼女さんとこういうこと、いっぱいしてたの……?」
「? してねぇよ。そもそも慣れてねぇ。俺のファーストキスはお前に見られたあの時だし、その後一度もキスなんかしてねぇ。こんな風に誰かと触れ合うのは初めてだ」
希々がじとっ、と目を細めた。
「……うそだ」
「もう隠し事は無しだっつったろ? 俺は希々に嘘なんかつかねぇよ」
しかし言われてみれば、俺は今まで恋愛にもキスにも興味などなかった。練習したわけでもなければ誰に教わったわけでもない。何故こんなにも迷いなく希々を求めているのか、自分でもわからない。
「……そうか。俺、初めて好きになったのが希々なんだ。だから希々にしか欲情できねぇんだ」
すとん、と胸に落ちてきた答えを口にすると、希々は赤くなった。
「嘘だと思うなら確かめてみるか?」
「!!」
激しいキスで反応してしまった俺の下半身に気付き、希々は可哀想なくらい真っ赤になった。
「お兄ちゃんのばかっ!」
「しょうがねぇだろ。抑えきれるもんじゃねぇんだから」
「……っもう知らないっ!」
ふい、と顔を背ける姿すら愛しくて、もう一度唇を重ねた。
「、」
「……希々、教えてくれ」
至近距離で同じ色の瞳が向かい合う。
「何で跡部と婚約することになったんだ?」
希々は一度目を閉じ、ゆっくり開いた。
「……実は――――――……」
――――――――…………。
――――――……。
――――……。
全ての事情を聞いた俺は、軽く舌打ちをした。
「お兄ちゃ、ごめんなさ、」
「違ぇ。怒ってねぇよ。……俺に希々を責める資格はねぇ」
苛立って仕方ないのは、跡部の徹底したやり口だった。
孤独だった希々の心に寄り添い、甘やかして信頼を得て依存させる。俺のことしか考えていなかった希々が跡部にも揺れ始めた理由がようやくわかった。
もっと俺の自覚が早ければこんなことにはならなかった。とは言え希々と跡部が婚約しなければ自覚するきっかけもなかったのだ。悔しいが希々の心から跡部を追い出す術が見付からない。
ならどうするか。
簡単だ。今から希々の心を俺でいっぱいの状態に戻せばいい。
そのためにも不愉快な同棲をさっさと切り上げさせなければ。
俺は希々の髪を撫で、ゆるりと抱き寄せた。
「……俺、希々が好きだ。誰より愛してる。……血が繋がっていようが関係ねぇ。後ろ指さされても構わねぇ。……もう、お前を離したくない」
「、お兄ちゃん……」
「このまま……戻って来いよ」
「…………」
希々は口を閉ざした。
俺は艶やかな髪を撫で続ける。久しぶりの希々の匂いは俺の心を落ち着かせてくれた。
やがて小さく「ごめんなさい……」と聞こえても、動揺はしなかった。
俺が欲しいのは希々の身体ではない。希々のこれからだ。残りの人生を二人で歩みたい。なればこそここで焦ってはいけない。希々にとって本当に安心できる存在は俺だけのはずだ。急がずゆっくり跡部の場所を消していけばいい。
「……私…………ちゃんと、景ちゃん先輩とも話したい……」
「……まぁ、そうだよな。けど、これからは俺とも会ってくれるだろ?」
「! 会って……いい、の?」
思わず苦笑した。
「当たり前だろ? 俺は会いたい」
希々ははにかんだ。
「私も…………会いたい」
跡部。この絆、切れるもんなら切ってみろ。
俺は必ず希々を取り戻す。