彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*二十五話:涙混じりのキス*
私の頭は真っ白になっていた。
夢でも幻でもない本物のお兄ちゃんが、私の頬に触れて繰り返す。
「お前が気持ち悪いって言うなら、もう二度と近付かねぇ。けど、今だけ言わせてくれ。俺……希々が好きなんだ。妹としてだけじゃねぇ。女として……愛してる」
「、」
「鈍い鈍いって散々言われてきて、その度俺はそんなことねぇって反発してた。けど……俺はあいつらの言う通り、本当に鈍かったんだ。世界で一番大切な宝物に気付くまで…………こんなに長い時間かかっちまった」
今私の脳は機能していない。必死にお兄ちゃんの言葉を咀嚼しようとするものの、理解する前に抜けて行ってしまう。
お兄ちゃんは私の額にそっと口づけた。
「俺、おかしいんだ。自覚してる。妹が好きだなんて、ただの変態だ。けど…………好きな女が別の男の婚約者になってるなんて、いい気はしねぇよ」
「――、」
お兄ちゃんは優しく微笑んで、私の頭を撫でる。
「……好きだ、希々。他の女子と付き合ってみて初めてわかった。……俺はお前しか愛せねぇ」
声が出ない。
呼吸もできない。
夢なんじゃないかと頬をつねりたくても、身体が動かなかった。
「…………ごめんな。……困らせた、よな」
お兄ちゃんの指先が眦に触れて、私はようやく自分が泣いていることに気付いた。
「……っ、」
お兄ちゃんは泣きそうな表情で私から手を離す。
「…………泣くほど気持ち悪いって思わせて…………怖がらせて、ごめん……な。……ははっ、俺……さっきの希々の言葉で勘違いしちまったんだ。もしかしたら希々も……俺と同じ気持ちなんじゃねぇか、って」
「っ!」
「…………激ダサだよな、ほんとに。けど、最後に言えて良かったぜ」
やだ。
いやだよ、お兄ちゃん。
最後なんて言わないで。
好きなの、好きなの、大好きなの。
お願い、そんな悲しそうな顔しないで……!
「…………安心しろ。もうお前に触れたりしねぇから。……一日早いけど、明日には跡部んとこ戻れ。な? ……俺から連絡しとく――」
「っお兄ちゃん……っ!!」
流れる涙もそのままに、私は精一杯背伸びをした。びっくりしたお兄ちゃんの頬にキスをして、全身でぎゅっと抱きつく。
「!? 希々っ?」
これ以上我慢できなかった。後から後から込み上げてくる想いに、苦しいのか嬉しいのかすらわからない。お兄ちゃんへの気持ちが決壊したダムのように迸る。
「好き……っ! 私、ずっとずっとお兄ちゃんのこと好きだった……っ!」
涙が止まらない。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……っ、すき、大好き、好き…………っ」
思考が働かない。何を言えばいいのかもわからない。でもお兄ちゃんの勘違いなんかじゃないと伝えたくて、私は必死だった。
「すき、好きなの、ずっと……ずっと、お兄ちゃんのこと、好きで、でもそんなのおかしいから忘れようって、景ちゃん先輩に相談して……っ」
「――!? 跡部への相談、って……!」
好きで、ずっとずっと好きで。
でも私の好きな人は好きになってはいけない人で。
気持ちを伝えることも許されないと思ってきた。気持ち悪いと思われることが怖かった。
けれどお兄ちゃんも同じ気持ちでいてくれたなら、私の気持ちを口にすることも許される気がした。
「すき、お兄ちゃん、好き、好きなの、」
「……っ、」
「ずっと小さい頃から、私、お兄ちゃんのこと……っ、すきなの、好き、す――――」
言葉が途切れた。
お兄ちゃんが、自分の唇で私の唇を塞いだから。
……キス。
お兄ちゃんとの、初めてのキス。
「……っ好きだ、希々……!」
「私もすき、好き、……ん…………っ」
好き、という度にお兄ちゃんはキスをしてくれた。気付けばお兄ちゃんも泣いていて、私たちは涙混じりのキスを交わした。
これが赦されるかどうかなんて知らない。大好きで仕方ない人が同じ気持ちでいてくれるということ以上に必要なものなんて知らない。
お父さんとお母さんのことも、お兄ちゃんの元彼女さんのことも景ちゃん先輩のことも学校のことも、何もかもが頭から消えていた。
私は泣きながら、お兄ちゃんがくれるキスを心に刻みつけていた。
「希々、好きだ……大好きだ……!」
「お兄ちゃん、好き、大好き……! キス、ずっと夢だったから、嬉しい……っ」
お兄ちゃんの右手が私の髪を掻き乱し、左手が腰を支えてくれる。ただ唇が触れ合うだけなのに、熱くて熱くて溶けてしまいそうだった。求め合う口づけが部屋の温度を上げていく。
縋り付く私に、お兄ちゃんが囁いた。
「愛してる、希々――」
その、瞬間だった。
――――ガタッ、
「……っ宍戸…………っ!!」
開いたままだったドアの向こうに、景ちゃん先輩が見えた。先輩は怒りとも悲しみともつかない不思議な表情をしていた。
私の部屋のドアを乱暴に開けた先輩が怒声を上げた。
「俺の婚約者に何してやがる!!」
景ちゃん先輩がこんなに声を荒げるところを初めて見た。
私は今の状況を理解できていなかった。
「え……? 景ちゃん先、輩……?」
現実が牙をむく。
私の心を置き去りに。