彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*二十四話:好きだ*
俺は後悔していた。ただでさえ怖がられていたのに、つい責めるようなことを言ってしまった。本当は優しく甘やかしてやるつもりだったのに。
俺に怯えている希々に無理に近付こうとしても、余計に距離が遠のくだけだ。しかし今日、笑顔で俺の腕の中に戻って来た希々は昔のままの希々だった。
俺を誰より大好きだと言ってくれる、可愛い希々。困らせてしまうとわかっていても、一度自覚した恋慕は加速を止めてくれなかった。
好きだと伝えたい。愛していると告げたい。跡部から取り戻したい。
背中から希々を抱きしめて久々の甘い香りに酔った。時折ぴくりと反応する肩や首筋に、触れるか触れないかの口づけを落とす。正面から希々の顔を見ていたら、俺は希々の唇を欲してしまうとわかっていたから。
止まらない。
止められない。
止めたくない。
跡部との結婚を考え直して、俺と生涯を共に歩んでくれないだろうか。そんな傲慢な考えが毎日毎日膨れ上がる。
好きだ。愛してる。
俺の全部をやるから、希々の全部が欲しい。跡部に全て奪われる前に。今ならまだ間に合うかもしれない。
そう焦りすぎて、希々を泣かせてしまった。
夕飯では希々は、両親の手前だからか明るく振舞っていた。しかし部屋に戻った妹がまた泣いていたらと思うと、居てもたってもいられなかった。
「希々…………」
***
謝ろうと希々の部屋に来た俺の耳に、愛しい声が聞こえてきた。口調からして電話をしているのだろう。どうせ相手は跡部だ。
「……っ」
いや、これだから駄目なんだ。
俺は希々を怖がらせない。大事に大事に甘やかしてやるんだ。
嫉妬を抑えて笑顔を作る。
そして、希々の部屋のドアをノックしようとした時だった。
「……ごめん、ね。お兄ちゃんのこと忘れるって決めたのに、そのためにここに来たのに、……やっぱりちょっとだけお兄ちゃんにドキドキしちゃって……」
「……………………は………………?」
聞こえた台詞に耳を疑った。
俺を忘れる?
俺にドキドキした?
「……っ!」
心臓が凄い速さで鼓動を刻み始める。
俺は希々のことが好きだと気付いてから、知り合いにそれとなく聞いてきた。一般的な兄妹の距離感を探った。その結果皆口を揃えて言った。仲が良くても悪くても、家族としての同居人という前提がある。そして普通の兄弟相手ではそもそも意識すること自体ない、と。
希々の中で俺は、ただの兄ではなかったのだろうか。もしかして俺も知らない間に、想っていてもらえたのだろうか。
都合のいい解釈をしていると自覚していたが、どう考えても希々の言葉からは俺の願望と同じ意図しか汲み取れない。
「……っ!」
――初めての感情が弾けた。
俺は希々の部屋に押し入り、スマホを取り上げた。
「お兄ちゃん!? 待っ……やめ、」
電源を落としたスマホをベッドに投げ、希々の両肩を掴む。
「なぁ、今の……どういう意味だ? 俺のことを忘れる? 俺にドキドキした? どういうことだよ、希々」
「……っ!」
希々は目を見開いて、きゅっと唇を引き結んだ。
「…………ブラコンな気持ちを忘れるってことだよ。お兄ちゃんにぎゅってされてちょっとドキドキしちゃうなんて、……ここまで来たらブラコンも笑えないでしょ?」
用意されていた答えを述べるような、平坦な声。さすがの俺も、こんなに気持ちの伴わない言い訳を信じるほど鈍くはない。
いつもの希々なら赤くなってあたふたしながら言うはずだ。
お兄ちゃん盗み聞きしないで、と。
「……希々」
希々の頬を両手で包んで目線を合わせる。希々はびくっ、と肩を震わせた。
それでもしっかり俺の目を見てくれる。
「俺のこと、嫌いか?」
「……大好きだよ」
「俺もだ。俺は希々が好きだ。大好きだ」
「、お兄ちゃん……?」
思い返せば、俺から好きだと伝えたことは数えるほどしかなかった。“大好き”を貰うばかりだった。
戸惑う希々の瞳に俺が映る。
「俺は、何を聞いても希々を嫌いにならねぇ。だから教えて欲しい」
「、」
「……俺のこと、どう思ってるんだ……?」
希々が何かを堪えるように眼を潤ませて、苦笑した。
「――――大好きな、お兄ちゃんだよ」
「…………そうか。じゃあ今度は俺の気持ち、伝えてもいいか?」
「……? うん」
いつも頬を染めるのも、これまで誰とも付き合わなかったのも、くまごろうだけは連れて行ったのも。
もし、俺を慕う気持ちからだったのなら。
――これは賭けだ。
俺がただの気持ち悪い兄だと思われて終わる可能性だって十分有り得る。そうなったら俺が二度目の失恋をするだけだ。だが、ここまで頑なに気持ちを隠す希々には、何かそうしなければいけない理由があるとしか考えられなかった。
その理由、……俺と一緒だったりするか……?
俺は僅かな希望を胸に小さく息を吸って、人生で初めての言葉を口にした。
「俺、希々が好きだ」