彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*二十三話:最悪の展開*
俺は夜、躊躇っていた。
自分から連絡していいものか、希々からの連絡を待つべきか。そもそも希々の『明日電話、する?』という言葉は社交辞令だったのか。その場合自分から連絡しなければ、この二日間彼女の声も聞けないことになる。
「……」
呻くようにしばらくスマホとにらめっこしていた時、ちょうど見慣れたアイコンが着信を告げた。希々の好きなうさぎのキャラクターのアイコン。
俺は内心舞い上がりながら通話ボタンを押した。
「どうした?」
画面越しに笑い声が聞こえた。
『景ちゃん先輩、出るの早すぎー! そんなに心配だったの?』
まさかそうだとは言えず、俺は曖昧に答えた。
「たまたまスマホを確認してただけだ」
『ふふ。そういうことにしといてあげる!』
比較的元気な声色に安心した。
正直なところ、泣かされていたらどうしようと気が気ではなかったのだ。
今までと違い、宍戸は自身の想いを自覚している。俺は宍戸の多くを知っているわけではないが、普段のあいつは真面目で真っ直ぐだ。そして時折、目的のためなら手段を選ばないところがある。
俺は主のいない桜色のベッドを眺めつつ問うた。
「今は自室か?」
『うん。……ほんとにお兄ちゃんが掃除しててくれたの。すごい綺麗な状態でびっくりしてるよ』
「そうか。……うさこはそこにいるのか?」
『うん! 今日はうさこと寝るの』
と、妙に甲高い声がスマホから響いた。
『ワタシ、ウサコ! キョウハ、ワタシニマカセテ!』
思わず笑ってしまった。相変わらず子供じみた真似をする。甘えを含んだそんな行動さえ可愛いと思うなんて、俺も相当の末期なのだろう。
「……じゃあ、希々のことは任せたぜ?」
『ワカッタワ! ……ふふ! 景ちゃん先輩、思ってたよりノリがいいんだね』
希々は楽しそうに笑う。その声に俺の頬も自然と緩んだ。
「……ばーか。お前だから乗ってやってんだよ」
『! そ、それはどうも……あり、がとう?』
「……あぁ」
今目の前に希々がいたら、その頬は少し赤いのだろうか。どうしてもそんなことを考えてしまう。
満面の笑みでうさこに声をあてる希々が目に浮かぶ。きっと希々はうさこを自分の前に持ち上げて、あの短い両手を握る。そして俺に挨拶するように右手を上下に動かすんだ。
「、」
全ての動作が想像できて少しだけ感傷的になった俺は、別の話題を口にした。
「両親とは話せたか?」
『うん。先輩に良くしてもらってることも、突然出て行っちゃってごめんなさいってことも、ちゃんと言えたよ。…………ただ…………』
ふと希々の声が静かになった。嫌なものを感じて俺の声もトーンが下がる。
「……何かあったのか?」
『…………お兄ちゃんが、……何か変なの。上手く言えないけど、私の気のせいかもしれないけど…………』
俺は軽く深呼吸して、自身に言い聞かせた。
落ち着け。焦るな。希々を不安にさせないよう、なるべく穏やかに聞いてやるんだ。
「……どんな風に変なんだ? 勘違いでもいい。……希々が感じたことを教えてくれねぇか?」
希々は若干困惑したように、ゆっくりと言葉を繋げた。
『……あの、…………お兄ちゃん……怒ってる、みたいなの。私がお兄ちゃんに嘘ついてた、って……。お兄ちゃんより好きな人なんていない、ってずっと言ってたのに、景ちゃん先輩のこと黙ってたから…………』
俺は無言で続きを待つ。
『…………でも、怒ってるだけじゃない、みたいなの。……距離が、近くて。……今日もご飯までずっとお兄ちゃんに抱きしめられてて、…………あの、ごめんなさい……。先輩のことだけ考えたいのはほんとだよ? だけど先輩に嘘はつきたくない、から……』
希々は申し訳なさそうに告げた。
『……ごめん、ね。お兄ちゃんのこと忘れるって決めたのに、そのためにここに来たのに、……やっぱりちょっとだけお兄ちゃんにドキドキしちゃって……』
「…………」
『お兄ちゃん、私がいなくなって寂しかったのかな……? 私からくっつくことはしょっちゅうだったけど、お兄ちゃんから触れられるって滅多になかったから…………うん、私、びっくりしちゃっただけかも。景ちゃん先輩のこと大好きなのは変わらな、』
その、刹那。
『お兄ちゃん!? 待っ……やめ、』
ザザッ、という音。
直後に切られた通話。
脊髄反射で俺は立ち上がった。
「……っあの野郎……っ!」
こんな夜に無神経だとか迷惑だとか、そんな“常識”もこの時ばかりは頭から吹き飛んだ。
自覚した宍戸。
まだ想いを忘れられない希々。
明らかに故意に切られた通話。
俺は脳内に出来上がった最悪の展開が杞憂であることを願いながら、車を出した。使用人を呼ぶより自分で運転した方が早い。一秒も無駄にできない。できる限り早く今すぐにでも、駆け付けたい。
「……っ希々…………っ!!」
アクセルを踏んでハンドルをきる。時刻はちょうど九時を回ろうとしていた。