彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
*二十話:寂しがり屋*
本当は宍戸のところになんて行かせたくない。しかし希々は俺のことも心の中に置いてくれるようになったと言うし、うさこを俺の代わりに持って行ってくれると言う。
帰省を許可しないことは希々を信用していないことになる気がして、俺は仕方なく頷いた。
明日と明後日、希々は俺の隣にいない。
これでは俺の方が寂しさに耐えられないかもしれない。俺はベッドでスマホをいじっていた希々に手を伸ばし、抱き寄せた。
「景ちゃん先輩?」
腕の中の小さな温もりが苦笑する。
「どうしたの? 先輩、最近寂しがり屋だね」
「……当たり前だろ。希々が隣にいねぇ土日なんて考えたくもねぇ」
「え、先輩が珍しく素直だ」
希々はスマホを手放し、俺の背に両腕を回した。
「明日電話、する?」
「…………する」
「今、ぎゅってする?」
「……する」
希々が笑って腕に力を込めた。俺からすれば弱々しくても、これが彼女の精一杯なのだろう。最早全ての言動が愛しい。
「大好きだよ、景ちゃん先輩」
「…………」
「あれ、今日は“知ってる”って言わないの?」
いつもの軽口が出てこないほど俺は凹んでいたらしい。自覚がなかった。
「……おい、やっぱりうさこ置いてけ」
「やだ! 寂しい時とか困った時にぎゅってできるものがなくなっちゃうでしょ」
「俺だって寂しいんだよ」
「じゃあお兄ちゃんとかくまごろうをぎゅってすればいいの?」
「…………最悪だ」
思わずため息が漏れた。
「先輩、よしよし」
希々が俺の背を撫でる。たまには甘えたくてその手つきに身体を委ねた。
規則的に上下する、小さな手のひら。こいつはこんなにも小さかったのだと改めて知る。
と、不意にその手が止まった。
「先輩、寂しくなくなるおまじないしてあげよっか」
「? ……よくわかんねぇが、してくれるってんなら頼む」
「うん! じゃあ目閉じててね」
背中から両腕が離れていく。かと思えば今度は希々の呼吸が近付いた。一瞬心臓が跳ねる。
「!」
温かい両手は俺の頭を数回撫で、そっと頬を包んだ。次いで額に柔らかな感触。
驚いて目を開けると、少し照れくさそうな希々の笑顔があった。
「寂しくなくなるおまじない。……嫌じゃなかった?」
「……っ!」
嫌なわけがない。昔宍戸にされたのかと考えると複雑な思いだったが、今の俺には些細な嫉妬など問題ではなかった。
ふにゃりとした笑顔。大きな瞳。俺を呼ぶ穏やかな声。桜色の唇。
――――あぁ、好きだ。
何度でも思ってしまう。
触れたい。もっと近付きたい。
俺だけを見てほしい。
俺を好きになってほしい。
いくら俺が忍耐強いとはいえ、この状況下で我慢できる自制心までは持ち合わせていない。
俺は希々の腰にゆるりと手を回し、距離を詰めた。
「…………キス、していいか?」
「、え……?」
目の前の愛しい頬に触れ、目元を指先でなぞる。微かに見開いたアメジストに映る自分が余裕のない顔をしていた。
「……キス、していいか? 嫌ならしねぇ」
「……っ!!」
希々は真っ赤になって視線を泳がせた。これからもその頬を染めるのは俺がいい。俺だけがいい。
ファーストキスが嫌な思い出じゃなかったなら、これから先のキスはもう俺とだけでいいだろ?
「……希々…………」
希々の耳元で吐息混じりに囁くと、華奢な肩がぴくりと反応した。
俺の想いが少しでも伝わるよう、耳朶に軽く口づけて直接声を吹き込む。
「……希々、好きだ……。……嫌なら嫌って言ってくれよ……。期待持たせるような残酷なことはしないでくれ……」
「……っ、」
希々はしばらく俯いていたが、ややあって俺の目を真っ直ぐ見据えた。
「……っい、いいよ……!」
胸の前で拳を握り、希々は首を縦に振る。
「私のファーストキスは、景ちゃん先輩だもん。……ふ、ふわってしてて……っい、嫌じゃなかったから……!」
つい軽く吹き出してしまった。そんなに意気込みを見せられても可愛いだけだ。
「お前は何と戦うつもりだ」
「き、気合いを……!」
「んなもんいらねぇ」
不意打ちで唇を奪うと、希々は目をぱちくりさせた。
「ばーか。可愛すぎんだよ」
「せんぱ、――」
頬に手を添え、そっと唇を重ねる。ふわりと触れ合う感覚が不安を溶かしていくようだった。
希々の肩からも徐々に力が抜けていく。薄ら目を開くと、閉じられた瞼と長い睫毛が見えた。受け入れられている証拠に鼓動が震える。俺に身を預ける希々を抱きしめ、甘いキスに酔う。
ややあって唇を離すと、蕩けそうな顔の希々が吐息を漏らした。
「ふ…………」
「……キス、していいか……?」
頷く希々に触れるだけのキスを繰り返し、俺はその感触を脳髄に刻み付けるよう瞳を閉じた。