彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*十七話:照れた顔*
ずっと我慢してきたのに、手を出してしまった。だが、積もる気持ちを伝えられた俺に後悔はない。さよなら、なんて希々の口から聞けるはずがない。俺には耐えられない。
希々を名前も知らない男に奪われるくらいなら、俺が先に奪う。
あんなに触れることを躊躇ってきた唇も、一度触れてしまえば二度目に抵抗はなかった。
口にした途端、長い間募らせていた想いは堰を切ったように溢れ出した。
好きだ。
触れたい。
抱きしめたい。
もっと近くで呼吸も体温も感じたい。
俺を見て欲しい。
俺だけをその瞳に映して欲しい。
キスしてくれと言ったのは希々だ。欲望に負けたのは俺だ。
それでも俺は――お前が欲しい。
***
風呂から出て聞こえてきた希々の声に、俺は眉を顰めた。
「……お兄ちゃん、いきなりそんな話するなんてどうしたの?」
「……どうして彼女さんと別れるって話になるの?」
それは宍戸相手に違いない会話で、嫌な予感に身体が突き動かされる。
「? 好きだから付き合ったんじゃないの?」
「……っ!」
――あの野郎、自覚しやがった。
そう理解するまでに時間はかからなかった。放っておけば宍戸は希々に想いを告げかねない。俺は二人の会話を無理矢理をぶった切った。
スマホを取り落とした希々に口づける。以前なら宍戸より優先するもののなかった希々も、慣れないキスには思考が鈍るようだ。
「――切っていいよな? 希々」
俺の言葉には焦燥と嫉妬が滲んでいた。しかし希々には伝わらないよう精一杯自制した。
幸いなことに、初めてのキスは希々にとって悪いものではなかったらしい。俺は拒絶されなかった。流されるまま頷く希々の頬を引き寄せ、静かに唇を重ねる。怖がらせないよう、触れるだけのキスを。
「――――」
部屋に時計の秒針の音だけが響く。
長く重ねていた唇をそっと離すと、希々は小さく吐息を漏らした。綺麗なアメジストが僅かに潤んで熱を孕む。
「け……ちゃん、せんぱ、」
「……そういう顔、俺以外には見せんなよ」
額をこつん、と合わせると、希々が困ったように眉根を寄せた。
「そういう顔って……どんな顔? 私変な顔してた……?」
無自覚が過ぎるのも問題かもしれない。
「……可愛すぎる顔だよ、ばーか」
「!!」
希々は真っ赤になった。
俺はそんな希々を抱き寄せた。
「先輩……?」
「……いきなりキスして悪かった。俺のいねぇ間に宍戸と電話してるなんて知らなかった。……毎日してるのか?」
希々は首を横に振る。
「お兄ちゃんと電話するのなんて1年ぶりだよ。いきなりかかってきてびっくりした」
俺のいない場所で二人が連絡を取っていたわけではないことに安堵して、そんな自分の小ささに苦笑した。
「宍戸に聞かれたの、くまごろうを持ってるか、だったか?」
「うん……」
希々は若干混乱したように俺に擦り寄った。より密着して俺の心拍数は上がるが、希々にとって俺はまだ安心できる存在らしい。警戒心の欠片もなく抱きついてくる。
「持ってるよ、って言ったら、家に戻って来いって。……彼女さんと別れるから、って。お兄ちゃんの考えてることが全然わからない。でも……」
希々は俺のシャツの裾をきゅっと握った。
「『俺にとって一番大事なのは彼女じゃなくて希々だ』って言ってくれたことは……嬉しかった」
「…………」
やはり会話をやめさせて正解だった。血の繋がった兄妹だという事実が宍戸を踏みとどまらせているのは想像にかたくない。そうでなければあいつの性格上、こんな遠回しにではなくお前が好きだとストレートに伝えていたはずだ。
電話を禁止するのはさすがに監視地味ているし、LINEやメール等文字でのやり取りにまで干渉はできない。
だが俺にできることはまだある。俺だけが持っているアドバンテージ。
俺は希々に告白している。
俺は意図して、拗ねたように希々を見下ろした。
「……俺からの告白は嫌だったのかよ」
希々は目を丸くしてぶんぶんと首を横に振る。
「そんなことない! その、……景ちゃん先輩にもらった言葉、すごくすごく嬉しかった」
「宍戸とどっちが嬉しかった?」
「そんなの比べられないよ!」
「比べろよ。俺にとってあいつは恋敵なんだぜ? 気になるだろ。好きな相手がどれくらい自分を意識してくれてるか」
「……っ!」
赤くなった頬を撫でて、俺は「冗談だ」と茶化した。
希々を追い詰めたいわけではない。ただ、少しは意識してもらわなければ割に合わない。
片方の唇を持ち上げ、くつりと笑う。
「くまごろうだけじゃなく、うさこも抱いてやれよ。じゃねぇと代わりに俺がお前を抱き枕にするからな」
「!!」
再び真っ赤になって俺をぽかぽか叩く希々は、間違いなく照れていた。その表情を引き出したのが自分だと思うと、じんわり胸が温かくなった。