彼女は貝を売る(跡部vs.宍戸)
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*八話:疑念*
玄関ホールに入ると、希々は俺に抱きついてきた。
「ぅ、ぁああああああああぁぁぁ……っ!!」
声を上げて泣く希々を掻き抱く。
希々の泣き声はそのまま彼女の心の悲鳴だ。聞いているだけで俺まで心臓を握り潰されるような痛みを覚えた。
「……っよく、我慢したな」
そう言って背中を撫でてやることしかできない。希々はしゃくり上げながら何度も首を横に振った。
「……ごめん、な」
無力な自分が悔しい。俺ではこの涙を止められない。
希々を泣かせる宍戸が腹立たしい。希々の心の真ん中に居座るあいつが妬ましい。
それでもこんな希々を一人泣かせることにならなくてよかったと安堵していた。
今は俺が話を聞いてやれる。傍にいてやれる。涙を拭ってやれる。抱きしめてやれる。孤独からだけは救ってやれる。
俺にしかできないことが一つはある。その事実が俺を僅かに慰めた。
「……歩けるか? 話は部屋で聞く」
俯いて肩を震わせつつ、希々は頷いた。
「おにぃ……ちゃ…………っ」
呟かれる名前が、俺のものではなくとも。
***
二人の寝室で、希々は泣き疲れて眠っている。泣き腫らした瞼にそっと触れ、俺も目を閉じた。
「……」
蟠る疑念に、胸がざわつく。
宍戸に彼女ができたことは俺も希々も知っている。もう半年以上続いているはずだ。あいつと同じサークルのジローにも、カップル仲は良いと聞いている。てっきり希々のことは忘れて楽しく恋愛しているものだと思っていた。
いや、この際それはどうでもいい。
何故、今さらあいつは俺の家まで押し掛けてきた?
喧嘩別れした妹を1年放っておいた癖に、だ。
宍戸の家からここまではかなりの距離がある上、希々の話から察するにあいつはわざわざ希々の帰りを待っていたようだ。
あいつは謝りに来たと言った。
何の音沙汰もなかったのに今になって『俺はお前を嫌いにならない』と言うためだけに?
わけがわからない。
と言うより、確実におかしい。
俺がジローにLINEメッセージを送ると、すぐ返信があった。
嫌な予感がする。
つい先刻、何故俺は宍戸の彼女のことを真っ先に考えた?
【宍戸の彼女ってどんなやつだ?】
【希々に似てる子だよー。この子!】
ピコン、
「――――っ!!」
送られてきた写真に、背筋が凍りついた。
俺の嫌な予感は恐らく外れていない。
そこに写っているのは希々によく似た女だった。
顔の造りは違う。しかし所謂“可愛い系”に分類される少しあどけない顔立ち、ふわりとカールした髪型、写真に写る時控えめなピースサインをするところ、暖色系のパステルカラーのテニスウェア。全体的な雰囲気が、希々に酷似していた。
【ジローもこいつが希々に似てると思うか?】
【うん! 宍戸ってば、こうゆー子がタイプだったからシスコンになったのかなー?】
【宍戸の彼女が希々に似てるって感想、宍戸本人に言ったか?】
【うんー? ……あ、今日言ったかも。俺その後すぐ寝ちゃったけど、さくらちゃん……あ、その彼女ね。さくらちゃんに、宍戸が早退したって聞いたC。なんかあったの?】
――これまで俺は、希々の想いは一方通行だと思っていた。希々自身もそう思っている。だからこそ希々は、その感情を捨てたいと願ってきた。
だがもし、宍戸が無自覚ながらに希々と同じ気持ちだったら?
兄妹が、両想いだったら?
「……っ」
思わずスマホを取り落とした。
脳貧血を起こしたように目眩がする。
ぐらりと回る脳内で、どうにかすべきことを思考した。
まず、希々の幸せを考えろ。
俺の勝手な憶測だけで、希々が築いてきた1年の努力を無駄にするわけにはいかない。
希々は宍戸への感情を捨てたいと思って俺のところへ来た。俺は彼女の決意を尊重したい。
宍戸はどんな種類にせよ希々に特別な感情を抱いている。仲を戻したいと思っているらしいが、二人が会うのはまだ避けた方がいいだろう。
今希々を守れるのは俺だけなのだ。少なくとも現状、希々と宍戸を会わせるわけにはいかない。今後は家で待ち伏せされないよう、SPを配置する。念の為希々の通学も俺かSPが同行しよう。
宍戸に会えば希々は混乱してまた泣いてしまう。整理しかけた気持ちがまた崩れてしまう。
俺が、守ると決めた。
泣かせたくない。苦しませたくない。宍戸が何を考えているのかは知らないが、あいつには彼女とよろしくやっていただく。
これ以上希々の心を傷付けさせはしない。
俺は固い決意と共に拳を握りしめたのだった。