リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*七話:穏やかな時間*
二人ウィンドウショッピングをする。私が「この服似合う?」と聞くと、精市くんはいつも「希々さんには何でも似合うからなぁ」と困ったように笑う。それでも結局、次のデートの服ということで選んでくれる。
花屋を見つけると私は「精市くん、どの花が好き?」と尋ねる。精市くんはいつも一輪選んで花言葉を教えてくれる。穏やかで博識で、私のペースに合わせてゆっくり進んでくれる王子様。
穏やかな時間。何一つ変わらないはずだった。私は彼と離れたくないがために我儘を通して日本に残り、跡部邸にお世話になることを決めたのだ。
後は精市くんが成人するまで待って、一緒に生きてくれるか聞くだけのはずだった。
そのはずだった、のに。
……今の私は素直に精市くんのことだけを考えていられない。突然私を好きだと言い出した景吾くんからのキスが、忘れられない。まだ唇に感覚が残っている気さえした。
からかわれているとは思えない。恐らく景吾くんは本気だ。
「希々さん?」
精市くんが私を覗き込む。私は慌てて頭を切り替えた。
「ごめんね、ぼーっとしちゃって。……ちょっと寝不足なの」
精市くんは心配そうに眉を下げる。
「大丈夫かい? そういうことなら早めに休憩しよう」
「……うん、ありがとう」
私たちはいつもの公園に足を踏み入れた。ベンチに腰掛けて、ほっと息をつく。
「寝不足の原因に心当たりはあるかい? 希々さんは努力家だから、俺の知らないところで無理していないか心配だ」
「…………ちょっと、大学の課題が終わらなくて。心配かけてごめんね」
私は精市くんの左腕に自身の右腕を絡ませて、きゅっと抱きついた。
「……充電、してもいい?」
精市くんは笑った。
「いくらでも」
対外的な私の肩書きは、景吾くんの許嫁だ。精市くんと付き合っていることに何も後ろめたい思いはないものの、家族にはまだ打ち明けられずにいる。
お洒落なカフェや水族館でのデートもしたいけれど、知り合いに見られるのを避けなければならないため頻繁にはできない。人目のあるところでは手を繋ぐのもやっとだ。
あまつさえ精市くんはまだ高校生である。金銭的負担の少ない場所となると限られていた。以前デート代を全額払おうとした精市くんを慌てて止めたことがある。精市くんは私にお金を払わせたくないらしい。年齢が違うのだから気にしないでと言っても、男の自分が払うと頑なに財布から手を離してくれなかった。
意外に頑固な精市くんを納得させるため、私はいろいろ考えた。
私の家にはもう入れない。精市くんのお宅にお邪魔したことはあるけれど、そう何度もご厄介になるわけにはいかない。そこで思いついたのが、公園のベンチだった。
隣に座れるし、樹木の囲いが隠してくれるから手を繋いでも腕を組んでも誰にも見られない。咎められない。公園がまさかこんなに素晴らしいデートスポットだとは知らなかった。
私は精市くんと一緒にいられるだけで嬉しい。隣で話していられるだけで幸せだ。でも、精市くんはどう思っているのだろう。
ふと端正な横顔を見上げて問いかける。
「……精市くんは、どんなデートがしたい? 私はいつもここで幸せをもらってるから、精市くんに行きたい場所があるなら教えて?」
すると精市くんは綺麗に微笑んだ。
頬に大きな手のひらが触れて、優しいアメジストが私を見つめる。
「……俺はこのままで満足だよ。希々さんといられるならどこだって構わない。むしろ人目を気にせずこうやって触れられるから、俺にとってはこの公園が行きたい場所だ」
「精市、くん……」
長い睫毛が伏せられて、吐息が近付く。ふわりと重なった唇は愛情に満ちていて、安心できる。
――今朝の景吾くんのキスとは全然違う。
「……!」
無意識に二人を比べていたことに気付き、私はびくりと肩を揺らしてしまった。
「希々さん……?」
「ぁ……」
「寝不足で疲れているのに……ごめん。つい、貴女を見ていると触れたくなって……俺も我慢が足りないな」
「……っ違、…………っ!」
精市くんは私をそっと抱きしめた。
「いっぱい充電していいよ。できたらきちんと睡眠はとってほしいけどね」
違う、違うの。
精市くん、キスをやめないで。景吾くんのキスなんて忘れるくらい、あなたでいっぱいにして。
大好きなの。あなたの香りも体温も、壊れ物を扱うような指先も。
……しかし恋愛初心者の私には、自分からキスをねだることなどできなかった。
胸に蟠る何かを無理矢理意識から排除し、精市くんの温もりに包まれる。
「……っ」
誰にも言えなくても、この人が私の初めての彼氏だ。何一つ無理強いせず、不満があるはずなのに決して口にしない。実年齢は私の方が上だけれど、精神年齢は逆なのではないかと思うくらい包容力のある人。
「精市くん……大好きだよ」
「俺もだよ。……希々さん、愛してる」
その言葉が嬉しくてくすぐったくて、私は罪悪感を消すように彼の腕の中でそっと目を閉じたのだった。