リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*六話:交換条件*
希々の体温を肌で感じているうち、俺は知らず眠りに落ちていた。
昨夜聞いた二人の馴れ初めに、希々のファーストキス。それらは俺を打ちのめしたが、避けては通れない話題だ。俺はこの悔しさをバネに足掻くと決めた。
だがしかし。だがしかしだ。
幸村と俺が似ているだと?
馬鹿も休み休み言え。あの腹黒魔王と俺様のどこに類似点があるってんだ。
物心つく前から一緒に過ごしてきた俺に比べ、幸村と過ごした時間はたかだか3年程度。誰が一番長くあんたの隣にいて、誰が一番あんたを見てきたと思ってる。あいつの食えねぇ性格に気付いてさっさと愛想尽かせ、馬鹿希々。
そんなことを考えていたらいつの間にか寝ていた。幸い悪夢を見ることはなかったが、朝日を感じて目を開いた時希々が腕の中にいなくて、一瞬背筋が冷えた。
「希々、」
慌てて部屋を見渡すと、希々がドレッサーの前で髪をとかしているところだった。色っぽい項が何度も露になり、俺が付けたキスマークも遠目に確認できた。
僅かに視線をずらし、「希々!」と呼ぶと綺麗な瞳がこちらを見てふわりと笑んだ。
「景吾くん、おはよう」
「……いつから起きてたんだよ」
希々は首を傾げる。
「10分前くらいかな? 景吾くん、昨日の試合で疲れてるだろうと思ったから、起こさないようにベッドから出たんだけど」
「……同じ試合で疲れてても、幸村とは会うんだろ?」
「……うん。ごめんね」
本当に気に食わない。俺は子供扱いで、あいつは彼氏扱いだ。いやまぁ本物の彼氏、なのかもしれないが、それ以前に希々は俺の許嫁だ。
俺はベッドを降りて希々の背後に立った。ドレッサーの鏡に仏頂面の俺が映る。
「景吾くん?」
「…………俺も連れてけ」
「……え?」
「今日幸村と会うなら俺も連れてけ」
希々は瞬きして眉を寄せた。
「あの…………一応デート、なんだけど……」
「別に俺がいたっていいだろ」
「いや、全然良くないよ」
俺は無茶苦茶なことを言っている。自覚はある。それでも、ただ希々を恋敵のもとに送り出すなんて絶対に嫌だった。
「……あのね、景吾くん。私は景吾くんに門限を守れって言われたから、ちゃんと6時に帰れるデートプランを精市くんと考えたの。6時なんて本来、中学生の門限だよ?」
「…………」
「跡部家にはお世話になってるから、これ以上ご迷惑はおかけできない。だけどそれは景吾くんの言いなりになるってことじゃない」
「…………」
一々正論をぶちかましてくる。この許嫁は頭がいいところが長所だが、今に限って言えばそれはこれ以上ない短所だった。理路整然と正当性のある文句を言われたら俺は黙るしかない。
まるでさっさと諦めろと言われているような錯覚さえ覚えた。
「……さて! 今日は何を着て行こうかな」
話題を変えるようにドレッサーから立ち上がり、希々はベッド横のクローゼットに手をかけた。
反射的にその手を掴んで、ベッドに押し倒す。
「きゃ……っ!?」
両手首をベッドに縫い付け、ムカつく愛しい顔を見下ろした。
「……いい加減、俺を子供扱いすんのをやめろ。俺は幸村とタメだぞ? あんたは彼氏にもそんな態度を取るのか」
希々は憮然とした様子で俺を睨む。
「精市くんは景吾くんより大人だよ! 私にとって景吾くんは親戚の弟みたいな存在だけど、精市くんは、」
「あぁそうだよな、“精市くん”は紳士的で大人で我慢ができる奴なんだよな!」
希々の口から俺以外の男の、下の名前が出ることに苛立ちを隠せない。
しかし、顎を掴んでその唇を塞ごうとした瞬間、希々は身を捩った。
「ゃめて……っ!」
「……っ!」
あいつとは悦んでキスする癖に俺のことは拒絶するのか。あいつには甘えた声を出す癖に俺のことは弟扱いか。
一瞬で頭が赤く染まった。
本気で希々の抵抗を押さえ付け、唇が重なる寸前で動きを止める。
「――――俺を拒むな」
「っ!」
俺の怒りを感じ取った希々が、息を飲んで身体を強ばらせる。
「……俺を拒むなら、あんたが日本に残りたがった理由を藍田さんに教えた上でこの屋敷から放り出す」
「……け、ぃご、くん…………?」
残っていた僅かな理性がぷつんと切れた。怯えたように揺れる希々の瞳を見て征服欲が疼く。
「俺はどっちでもいいんだぜ? 男のために日本に残りたかったって素直に家族に言えよ。運が良けりゃ一人暮らしくらい認めてもらえるだろ。運が悪けりゃイギリスに強制送還だろうがな」
見開かれた鳶色に映る俺は意地悪い顔をしていた。そんな事実にさえ嗤いが込み上げる。
「……冗談、やめて…………? 景吾くんは、そんな脅しみたいなこと、しない……!」
「はっ。……あんたが俺の何を知ってるって?」
例えば今すぐその身体を滅茶苦茶にしてやりたいとか。例えばいっそその両手足を拘束してしまいたいとか。例えば幸村のことなんて考えられなくなるようにしてやりたいとか。
俺の思考など何も知らないのだ、この女は。
「……っ離して、景吾くん……!」
スポーツをしている男とただの女では力の差がありすぎる。無駄な抵抗を続ける希々の唇を奪い、動きを封じるのはあまりに容易かった。
「……っ! んんーっ!」
嫌がる希々を見るのは初めてで、こんな表情をさせているのは俺だと思うと気分が高揚した。
幸村には恐らくまだ見せていない顔。
これからも俺だけに初めての顔を見せろ。俺だけに初めての声を聞かせろ。
「……希々、あんたは俺を勘違いしてる。俺が脅しなんかしねぇっつったよな?」
「……っだって、」
「本当に欲しいものを前にしたら人間なんて、簡単に倫理を踏み倒すんだよ」
眦に涙を滲ませ、肩で息をする希々は微かに震えていた。今まで大人に見えていた許嫁が急に頼りなく見えて、俺は口角を上げた。
そうだ。俺に怯えるなら守ってやる。
俺に従うなら守ってやる。
だから。
「俺を拒むな。チャンスは一度きりだ。大人しく言うことを聞くなら、まだ此処に置いてやるよ」
「…………っ、」
泣きそうに歪められた瞳を網膜に焼き付けてから、ゆっくり口づけた。
必死に耐える希々が拒絶しないことを確認して、拘束は解いてやる。自由になった両手で柔らかな髪を掻き乱し、角度を変えながら何度も唇を重ねた。食んで啄んで吸い上げるようにして、俺のキスを刻み込む。
希々はこういったキスをしたことがないらしい。荒い息遣いが部屋に満ちる。
「……っ、は、…………っ!」
ふと顔を離すと、頬を染め呼吸を求める希々が薄目を開けていた。
「っ待っ、て、……っけ、ごくん……っ!」
色付いた頬に潤んだ瞳、息荒く助けを求める眼差しに、異様に興奮した。今こいつは他の誰でもない俺のキスに調子を狂わされ、それでも拒絶できず俺に救いを求めている。希々に求められることが、こんなにも多幸感をもたらすと知ったのは今日が初めてだ。
俺はやめるどころかさらにキスを深めた。本能のままに舌を絡めたかったが、さすがにそこは踏みとどまる。まずは俺のキスを覚えさせるのが先決だ。
小さな頭を抱きすくめるようにして、耳朶や頬に口づけながら唇を塞ぐ。
「…………っ、は、ぁ……っ!」
希々は身体を跳ねさせ、喉を反らす。
その度俺は希々の唇に噛み付いた。
朝だというのに、この部屋に溢れているのは途方もない色欲だった。
「は……っ、……っ、」
貪るようにキスを続けているうち、希々は限界をむかえたのか力を失った。息も絶え絶えに両手足をベッドに投げ出し、小さく痙攣している。
まだ満足には程遠いが、“俺を拒むな”という脅しに屈した以上、寝室では毎日キスができる。今はこれで我慢しておくか。
俺は喉を鳴らして低く笑い、紅い頬に触れた。
「……約束は守る。幸村のことはとりあえず黙っててやるよ。……だが忘れんなよ? これは希々が俺を拒絶しねぇのが前提の交換条件だからな」
息を整えながら、希々は絶望の色を映して俺を見上げる。
「ど…………して…………」
「幸村に取られるくらいなら、その前に俺が全部奪ってやる……いや、取り戻す。あんたは元々、俺のものになる予定だった。それを勝手に横槍入れたのはあいつの方だろ」
まったく、この跡部景吾の許嫁に手を出すなんて、さすが神の子はふてぶてしさが違う。だが王様は俺だ。希々は必ず取り戻す。
「安心しろ。処女を寄越せとか無茶な条件は出さねぇよ。別に俺は希々を困らせたいわけじゃない」
「……じゃ、ぁ…………な、んで…………?」
俺は堂々と答えた。
「好きな女にキスしてぇからだ」
俺には時間がない。誕生日までに希々の気持ちをこちらに向けさせなければならないのだ。
ぐったりした様子の希々は、呆れたのか諦めたのか微かに笑ったようだった。
「け……ごくん、ほんとに、俺様、だね……」
俺は鼻で笑って首肯した。
「俺様を誰だと思ってやがる」