リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*五話:回想*
景吾くんは出会った時から、何というか偉そうで生意気だった。幼心に、こんな子とうまくやっていけるのか不安だったのを覚えている。出会う前から決まっていた、私の将来の夫。
正直、最初は苦手だった。
私はブランド物の服もブラックカードも持っていない。少しばかり高級なマンションに住んでいるけれど、食べ物やお小遣い等の概念が一般家庭とかけ離れることはない。
対する景吾くんは本当に派手好きで、幼少期から自分を王様と称していた。高級なものを身につけ、天上天下唯我独尊とばかりに高笑いし、堂々と俺様気質を発揮する。これだけ聞いたらただの危ない人である。
でも、一緒に過ごす時間が増えるごとに少しずつわかってきた。
景吾くんの自信は、表に見せない努力に裏打ちされたものであること。苦手なことにも全力で取り組み、決して逃げないこと。自尊心が高いのは、そんな自分を誇りに思っているからだということ。
彼はあらゆる面において、幼い頃からストイックなまでに努力家だった。イギリスにいた頃は友達もいて、楽しそうにテニスをしていた。私は彼の姉のような気持ちでそれを見ていた。
しかし次第に、景吾くんは周りに対して攻撃的になっていった。笑顔が減っていった。彼に媚びる人間が現れ始めた頃からだ。
この頃彼が唯一心を許していた存在。それが私だったのだと思う。
暗い表情も、私が呼べばぱっと明るくなった。カードゲームで一喜一憂して、くるくる変わる表情を見せてくれた。それが可愛くて仕方なかった。
『希々!』
話しかけようと私の後をついてくる景吾くんが、可愛かった。何かの賞を取るたび瞳を輝かせて報告してくる景吾くんが、可愛かった。気付けば景吾くんへの苦手意識はなくなっていた、けれど。
私にとって景吾くんはずっと、親戚の弟みたいな存在だった。結婚するとしても、景吾くんとなら上手くやっていけると思った。だから許嫁という立場を受け入れていたのに。
精市くんは逆だ。最初に会った時から物腰柔らかくて、王子様みたいだった。時折意地悪だけれど、それは私の反応を愛しいと思ってくれているからだと伝わる。
精市くんが成人するまではキスまでにしよう、と決めた時もすんなり了承してくれた。同い年でも、景吾くんに比べて明らかに大人の対応をしてくれている。私にとって精市くんは、年下なのにドキドキさせられる存在だ。
恋してる。それは間違いなく、精市くんのはずなのに。
***
「――――……」
頭の中がぐしゃぐしゃだった。
ベッドに入ったものの、隣に景吾くんがいると思うと眠れない。このままでは私は早々に隈を作ることになる。しかしこの環境に慣れなければ精市くんと一緒にいられない。
思わずはぁ、とため息が漏れた時だった。
「……なぁ、希々」
「!」
もう眠ったと思っていた景吾くんが声を発して、私は息を飲む。
「どうせ起きてんだろ? ちょっと話そうぜ」
「…………うん」
景吾くんがこちらを向く気配がした。意味もわからず騒ぐ心音を何とか宥め、毛布を握りしめる。
「幸村があんたの初めての彼氏か?」
私は体勢を変えず頷いた。
「……景吾くんは経験がいっぱいありそうだけど、私は誰かを好きになったの、精市くんが初めてだから」
元から許嫁がいる身だ。将来結婚する相手がいるのだから、告白されても困ると思ってきた。誰かを好きになることもなかった。
告白された時こそ戸惑ったものの、初めて景吾くん以外の相手との将来を考えたのが精市くんだった。
「俺は付き合った経験なら何度かあるが、誰かに惚れたのは希々が初めてだ」
「! っだから、そういうことを簡単に言わないで!」
まんまと動揺させられたことが悔しくて、つい景吾くんの方へと身体を向けてしまった。
「希々」
「――――……!」
思ったよりずっと近くに景吾くんがいて、心臓が音を立てた。どちらかが手を伸ばせばすぐ触れてしまいそうな距離。景吾くんは真剣な眼差しで私を射抜く。
「……先に告白したのは幸村か?」
「、うん……」
「で、どうせあんたは最初断っただろ? 許嫁がいる、って」
「……そこまでわかってるなら、今さら話すことなんてない気がするんだけど……」
景吾くんは私から視線を逸らさない。部屋の明かりを消しても、窓から差し込む月光でお互いの表情が見えてしまう。間近で綺麗なアイスブルーが細められた。
「俺が知りてぇんだよ。許嫁がいてもそれをかっ攫うだけの告白ってやつを」
「、……」
1年前を思い出して、懐かしい気分になった。確かにあれは、柔和な彼の見かけからは想像できない告白だった。半ば押し切られるようにして付き合うことになってしまったのは事実だ。
私は目を閉じてあの日のことを回想した。
***
演劇の練習の後も、何だかんだで私と幸村くんは昼休み同じ場所に集まるようになっていた。しかし卒業してしまえば大学は私服だ。さすがに私服で高等部に入ることはできない。
大学の入学式前日、もう会えないのかな、と呟いた私に彼は言った。
『明日からは俺が会いに行きますね』と。
当たり前のように言ってのけ、翌日呼び出された場所には本当に幸村くんがいた。
高等部からは若干遠い、大学のテニスコート横から入る階段の隅。そこは人通りもなく、テニスコートからも見えない絶妙な位置だった。
お昼休みをそこで過ごすようになって1年経った頃。私は改めて辺りを見回して口を開いた。
「幸村くん、よくこんな所知ってたね。私の友達、誰も知らなかったよ」
感心する私に、彼は微笑んだ。
「隠れて希々さんと会えそうな場所、ずっと探してたんだ」
「わざわざ、どうして?」
「俺は貴女のことが好きだから」
ザッ――――、
「……え…………?」
風が吹き抜けた。
あまりにさらりと言われて、一瞬聞き間違いかと思った。
私たちはここに集まって、高校はどんな感じなのかとか大学はどんなところなのかとか、そういった他愛ない会話しかしてこなかった。
何故このタイミングでこんな話になったのかわからない。それでも、私に返せる言葉は一つしかなかった。
「……ごめんね。私、景吾くんの許嫁だから誰かとお付き合いなんて、」
「そんなことどうだっていい。俺は希々さんが好きなんだ。希々さん自身の気持ちを聞かせてほしい」
「っ、」
答えに窮した。
「跡部のことが、好きなの?」
「、……そういうわけじゃ、ないけど……」
逸らそうとした視線は幸村くんの両手に止められた。両頬を包む、大きくてしなやかな手のひら。優しいのに、逃げることを許してはくれない。
「……俺は希々さんの目に、どう映ってるのかな。ただの年下の後輩?」
正直に言えば、仲のいい後輩、という認識だった。二人きりの時間は穏やかで心地良かったけれど、私だって自分の立場くらいは弁えている。幸村くんがモテるという噂は私も聞いていたし、同い年の可愛い子がいくらでもいるだろう。景吾くんとの家の問題を抱えてまで彼が私を選ぶ理由など、あるわけがない。
「……幸村くんは、頼りがいのある魅力的な後輩だよ。……でも、冗談でそういうことは言わないでほしいな」
真っ直ぐアメジストを見つめ、そう言った時だった。
「――冗談?」
「ゆきむ、――――」
唇が、塞がれた。ふわりと重なったその感覚は初めてのもので、それが所謂”キス“だと認識するまでに時間がかかった。
「俺が好きでもない人のためにわざわざ毎日会いに行って演技の練習につき合って、誰にも見つからない穴場を探すような暇人に見えるのかい? だとしたら貴女は鈍すぎる」
「鈍……っ、し、失礼な! こう見えて私は幸村くんより3つも年上なのよ? 年下にからかわれて怒ってペースを乱したりしないから!」
強がる言葉とは裏腹に、心臓は悲鳴を上げそうなほど緊張していた。幸村くんの瞳は怖いくらい真剣で、隠そうとしない熱は今まで見たことのないものだった。
「年下は恋愛対象外なのかい? 大人になったら3歳なんて大して変わらないだろう」
「そ、そう、だ、けど……」
「跡部の許嫁だから? 跡部が好きだっていうなら俺は出直してもいいけど、肩書きが理由なら納得できない」
未だかつて、こんなに圧の強い口調で話す幸村くんを見たことがあっただろうか。そこに本気の恋を感じ取ってしまい、私は困惑した。
「俺には財閥がどうとかそういった世界のことはわからない。だから希々さんが望むなら、誰にも言えない関係でも構わない」
幸村くんは吐息が掠める距離で囁いた。
「好きだ。ずっと好きだった。……希々さん、俺と付き合ってください」
「だけど、……っん!」
反論は悉く口づけに遮られ、幸村くんはキスの合間に何度も何度も好きだと繰り返した。混乱の中私は、空気が欲しくてとにかく頷いてしまった。切実に、呼吸の仕方がわからなかったのだ。
「わ、かったから! も、くるし、」
「――聞いたからね。……いつか希々さんもきっと、俺のことを好きになるよ」
どんな自信だ、と突っ込む気力もなく、私は抱き締めてくる腕に倒れ込んだのだった。
***
後にも先にも、あんなに強引な精市くんを見たことはない。私はくすくすと思い出し笑いしていた。
「結局、ほんとに精市くんのことを好きになっちゃったんだからおかしいでしょ? そう言えば景吾くんと精市くん、強引なところは似てるかもね」
「……」
景吾くんは無言で片方の眉をひくつかせ、徐に起き上がると私のベッドに移動してきた。
「景吾くん?」
「……うるせぇ。好きな奴の惚気話は思いの外堪えた。……責任取りやがれ」
「責任って、……景吾くん?」
「……何だよ」
拗ねたように私の布団に潜り込み、景吾くんは背中から私をぎゅっと抱きしめた。お腹前に緩く腕が回される。
「俺は傷付いた。少しでも悪いと思うなら今日はこのまま寝ろ」
「……ぷ、」
「馬鹿希々、何笑ってやがる」
「う、うぅん、何でもない!」
一連の流れで私は何も悪くないのだけれど、あまりに可愛らしい王様の我儘に絆されてしまった。
「おやすみ、景吾くん」
「……あぁ。おやすみ」
怒涛の一日が、ようやく終わりを告げようとしていた。