リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*四話:壊れればいい*
いつか結婚するのだと思っていた。何年か後、ウェディングドレスを着た希々の隣にいるのは俺だと思っていた。
誰と付き合おうとどんな恋愛を経ようと、その未来は変わらないと思っていたのに。
――――元々景吾くんと私に、失って困る絆なんてなかったでしょ?
希々の言葉が胸を抉った。
希々にとって俺はその程度の存在だったという事実が、これまで驕り甘え続けていた俺自身を刺す。
「今日から希々は俺の部屋で一緒に過ごせ。外泊は一切認めねぇ。それが約束できねぇなら、今すぐイギリス行きだ」
希々は目を見開いて、悲しそうに眉を寄せて、頷いた。
「……わかっ、た」
この日から俺と希々は同じ部屋で過ごすことになった。
***
希々の家具を移して、俺の部屋はだいぶ狭くなった。しかし並ぶベッドを見て悪い気はしない。夫婦になればこの距離感が普通になるのだ。
「……ねぇ、どうして部屋を一緒にしたの? 景吾くん、他人と同じ部屋で過ごすの嫌いでしょ?」
ただでさえ居候の身だった希々は、俺の部屋に押し込まれて一層所在なさげに視線をさ迷わせている。それが狙いなのだから俺は唇の端を持ち上げた。
「さっき言ったろうが。俺は誕生日までに希々を惚れさせなきゃならねぇんだから、手段なんて選んでられねぇよ」
「え!? な、何それ! 私聞いてないよ!?」
「俺はあんたが好きなんだ。あんたを振り向かせるためなら何でもする」
希々は赤くなって、困ったように瞬きを繰り返す。
「だ、って景吾くん……そんな素振り、一度も……!」
「そりゃあな」
まさか自覚したのがつい先刻だなんて格好悪くて言えない。それでも、気付かないまま幸村に取られなくてよかったと安堵している。
「とにかくだ。俺はこれから希々を手に入れる」
希々は、じとっとこちらを睨んだ。
「私は精市くんが好きなの!」
「それを落とすっつってんだよ。あいつが20歳になるまで、なんて悠長なことは言わねぇ。今年の俺の誕生日には希々の方から俺に惚れたと言わせてみせる」
希々が目を丸くした。
「ど……こから出てくるの? その自信……」
俺は軽く鼻を鳴らした。
「自信じゃねぇ。宣言してんだよ」
腕を組んで、久しく眺めていなかった許嫁をじっと見下ろす。
「な、何?」
「……っいいか、予め言っておく!」
一瞬見惚れたことを棚に上げ、俺は言い放った。
「俺は希々が好きだ。あんたを花嫁に貰うのはこの俺だ。口説き倒してやるから覚悟しておけ!」
「し、知らない! 何その勝手な言い分!」
「勝手で結構だ。俺様の許嫁の癖に幸村なんかにふらふらしやがって」
「ふらふらじゃありません! 私は精市くんが好きなんだから!」
まずは男として意識させる。
そして惚れさせる。
俺にとって女を振り向かせるというのはもちろん初めての経験だ。
上等じゃねぇの。
簡単に手に入る女じゃつまらねぇ。
見てろよ幸村。
と、一人決意を新たにしていた矢先。
希々のスマホが着信を告げた。
「あ……!」
希々は表示された人物の名前に、ぱっと笑顔を浮かべる。
俺に向けられたことのない表情に痛む胸を無視して、「出ろよ」と促した。余裕がある男だと見栄を張りたくて。
希々は嬉しそうに頷いた。
「もしもし、精市くん? さっきはごめんね。でも私、ちゃんと日本にいるから。精市くんの傍にいるから。……うん、心配しないで。…………ふふ、大丈夫だよ。精市くんは心配性だなぁ」
ここは今日から希々の部屋なのだ。別に誰と電話しようと文句はない。ただしここは元から、俺の部屋でもあるわけで。俺が自室で何をしようと文句を言われる筋合いはない。
「え? 明日? 精市くん今日の試合で疲れてるんじゃ、――……っ!?」
通話中の希々を背後から抱きしめた。もちろんわざとだ。
腕の中で硬直した希々の耳元で、小さく囁いた。
「明日……出掛けんのか?」
「……っ!」
希々は気丈にも、そのまま会話を続ける。
「……っ何でも、ないよ。明日、デートしよ? 精市くんはどこに行きたい?」
幸村の声が微かに聞こえた。
『俺は希々さんと一緒ならどこでも楽しいよ。それより跡部にあんなに乱暴に連れて行かれて大丈夫だったかい?』
俺は希々だけに聞こえるよう、息を吹き込んだ。
「俺の部屋に移動したことは黙っとけ。言ったらその場でイギリス行きだからな」
「…………っ!」
冷たい耳朶を唇でゆっくり辿る。希々は小さく肩を跳ねさせながらも、必死に平静を装っている。
――全部全部、壊れてしまえばいい。あいつとの関係も俺との関係も。
あいつで満足できてんのか?
あいつの何がそんなにいいんだよ?
誰より小せぇ頃からあんたを知ってるのは他でもない俺だ。
俺を弟みてぇに思ってるのは知ってる。だからまずは、多少強引にでも男として意識させねぇとな。
希々は強ばった声音で会話に応じる。
「……うん、大丈夫だよ。ちょっとびっくりしたけど、なんか景吾くん、虫の居所が悪かったみたいで」
『そう……。ならいいけど、何かあったら俺に相談してほしい。俺は希々さんの恋人、なんだから。貴女を守らせてほしい』
幸村の野郎、キザな台詞をさらりと言いやがって。
何やら対抗意識の生まれた俺は、目の前の項に口づけた。何度もリップノイズを立てて、時折薄く吸い上げる。跡にはならない程度だ。
「ぁ…………っ!」
希々が堪らず声を出した。俺はその隙に希々のスマホを取り上げて電源を切った。彼女のスマホを適当なソファに投げ捨て、後ろからきつく抱きしめる。
「け……ごくん、何でこんな意地悪なこと……!」
白い首筋に唇を寄せ、希々自身からは見えない所に一ヶ所だけキスマークを刻む。
「ん……っ!」
「俺を男として意識させるためだ。こっちは時間がない。言ったろ? 手段なんか選んでられねぇって」
「そ、んなの知らない……っ!」
元から希々は浮いた噂の立たない女だった。男に免疫がないのは間違いない。
ついでにくそ真面目なこいつのことだ。幸村が未成年のうちはそういうことをしないつもりだろう。
だが俺は遠慮なく攻めさせてもらう。期限付きの勝負で一手の遅れは致命傷だ。希々への感情を自覚するのが遅すぎた俺は既に詰み寸前である。今から出来ることは何でもやってやる。
同室で隣同士のベッドで毎日生活していれば、そして毎日何かしら迫れば、希々の中で俺の存在が少しは“男”になるはずだ。
今は幸村しかいないその場所を、俺がこれから奪いに行く。
これは、略奪愛を略奪する物語だ。
「……希々は俺の許嫁だ。だが忘れんなよ? 好きな奴と結婚しろと言ったのはあんただ。俺は好きなあんたと必ず結婚する」
「……っ! そんな一方的な、」
「恨むなら、この俺様に惚れられた自分を恨むんだな」
「ど……っどれだけ上から目線なの!?」
俺は尊大に見えるとわかっている笑みを敢えて浮かべた。
「俺様に不可能なんざねぇんだよ」
この女を手放したくない。
後悔も反省も、希々を手に入れた後でいくらでもしてやる。
諦めるという単語は俺の辞書にない。
初めて誰かへの感情で、俺の人生が動き出した瞬間だった。