リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*三話:日常が失われる*
景吾くんは掴んだままの腕を離さず、私を半ば引きずるようにして手近な部屋に押し入った。
「景吾くん、痛いよ……!」
「……っうるせぇ!」
「きゃ……っ!」
わけがわからないまま、ベッドに投げ出される。
確かに精市くんに屋外でキスされたことを“はしたない”と怒られても仕方ないかもしれないけれど、それにしたってこの仕打ちはひどい。掴まれていた手首は赤くなっているし、女の子をこんな風に乱暴に扱う景吾くんは今まで見たことがない。景吾くんは綺麗な顔を歪めて私を見下ろしている。
年下なのにどこか大人びていて、ぶっきらぼうな優しさが安心できるいつもの景吾くんとは、明らかに違う。
「け……いごくん、ねぇ、何でそんなに怒ってるの……?」
「……っ!」
アイスブルーが明らかな苛立ちを浮かべた。
「希々は……っ俺の許嫁だろ!?」
「そ、そうだけど、」
「そのうち俺の妻になるんだって、わかってんのか!?」
「…………」
私は目を逸らした。
景吾くんの許嫁、なんて小さい頃勝手に親同士が決めたことだ。藍田家は兄が継ぐ。
私が跡部財閥に嫁げば両家の繋がりが強まる。確かに両親もそれを望んでいるけれど、私の意志を無視したりはしない。私の両親は決して娘の嫌がることを強いたりはしない人達だ。
だから、精市くんが成人したら言うつもりだった。景吾くんとの話を白紙に戻して、精市くんと結婚させてほしいと。
景吾くんだって、自分の好きな人と結婚したいはずだ。というか、私が誰とどうなろうと景吾くんは興味を示さないと思っていた。故に、彼が今何を考えているのかわからない。
「……落ち着いて話をしよう、景吾くん」
私が強い視線で見据えると、景吾くんはバツが悪そうな表情で退いてくれた。若干乱れた服を整え、私はベッドに座ったまま景吾くんに向き合った。
「景吾くん、どうして怒ってるの?」
「…………わかんねぇよ」
「嘘だ。景吾くんは理由もなくこんな風に怒ったりしない」
「…………」
今度は景吾くんが目を逸らす。
「……ねぇ景吾くん。この際だから、言っておくね」
「……何だよ」
「私、精市くんが20歳になったら彼と結婚したいと思ってる」
「――――!!」
景吾くんが目を見開いて私を凝視した。
そんなに予想外のことを言ってしまったのだろうか。
だとしてもこれは、景吾くんだけでなく跡部家にも関わることだ。いずれ言い出さなくてはいけない。それが今だったというだけ。
私は景吾くんの手をぎゅっと握った。普段と違い、やけに冷たい彼の手を不思議に思いつつ、口を開く。
「許嫁、なんて言われてはいるけど、法的に効力があるわけじゃない。私、好きな人ができるまではわからなかった」
景吾くんと結婚するのが嫌なわけじゃない。ただ、好きな人ができたから。
「将来景吾くんと結婚するってずっと思ってたし、それが嫌なわけじゃない。でも今の私は、精市くんが好きだから。結婚は……好きな人としたいの」
景吾くんは何故か血の気の引いた顔で私を見る。掠れた声が、形のいい唇から漏れた。
「希々は……俺を、捨てるのか……?」
「捨てるって…………元々景吾くんと私に、失って困る絆なんてなかったでしょ?」
「――――っ!」
怯えるように、景吾くんの肩が震えた。
「……? だから景吾くんも、好きな人と結婚して幸せになってね」
この時まで私は、何もわかっていなかった。初めての恋愛で頭がいっぱいで、誰もが私と精市くんとの恋を応援してくれると思っていた。
だから景吾くんの瞳に宿る決意にも気付かなくて。
「はっ…………そうか、なるほどな。よくわかったぜ。……希々、今年の俺様の誕生日に、俺のものになれ」
「、え……?」
「わかんねぇのか? 今年で俺が18になる。だから結婚するぞって言ってんだよ」
景吾くんの頭はおかしくなったのだろうか。
「え、誰と誰が結婚するの?」
「俺とあんただ。他に誰がいる」
私の耳がおかしくなったのだろうか。そんなことを考えていられたのはここまでだった。
景吾くんは突然、強い力で私を抱き寄せた。
「好きな奴と結婚しろ、っつったのはあんただろ? 責任取れよ」
「……? ごめん、意味がわからない」
「……俺も大概だが、あんたも人のこと言えねぇな。……俺は希々が好きだっつってんだよ。だから俺と結婚しろ、希々」
「え…………?」
ちょっと待って、意味がわからない。
景吾くんが私を好き?
そんな素振り一度も見せたことないじゃない。
冗談ならタチが悪すぎるけれど、景吾くんはこんな冗談を言う人じゃない。
それに私は精市くんのことが好きなのに。
「わからねぇなら……上書き、しねぇとな」
次の瞬間、私の唇が柔らかいものに塞がれた。
「…………っ!?」
突き飛ばそうとした腕ごと引き寄せて、景吾くんはぎらついた眼差しで言った。
「今日から希々は俺の部屋で一緒に過ごせ。外泊は一切認めねぇ。それが約束できねぇなら、今すぐイギリス行きだ」
日常はいつだって、不意に失われる。