リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*二十四話:夏の訪れ*
この日俺はそわそわしていた。希々が幸村と別れると言って出掛けた日。
どれだけひどい顔で帰ってくるかと気が気じゃなかった。泣いていないか心配で仕方なかった。最悪の場合、帰って来ないんじゃないかという不安さえ頭を過った。
しかし予想よりも早く帰宅した希々は、俺の想像していたどの表情でもなかった。
一言で言うと、困ったような顔をしていたのだ。
「……ただいま、景吾くん」
「あぁ。……で、どうだったよ? 修羅場にならずに済んだのか?」
希々は煮え切らない口調で肯定した。
「なんか……予想していた流れに、ならなかったの」
「別れ話が通らなかったのか?」
「うぅん、私と精市くんは別れたよ。……でも、今度は精市くん…………私に片想いするんだって」
「はあ?」
俺は顔を顰めた。
「……あの野郎、希々を諦めねぇつもりか」
希々は躊躇いがちに頷く。
「景吾くんによろしく、って……」
「本当にふてぶてしいな」
「あの、私も何が何だかわかってないけど…………とりあえず、……ただいま」
「……」
希々が泣かされなかったことだけは良かった。
が、まさか幸村がそこまで諦めの悪い奴だとは思わなかった。この先を考えると頭が痛い。
「…………」
そもそもこの許嫁がふらふらとあいつに目移りしたのが始まりだ。いや、俺の自覚が遅かったことを棚にあげるつもりはない。別に希々は悪くない。
とどのつまりこの俺様の許嫁とわかって手を出した幸村が全て悪いのだ。
「希々」
「何、――――」
キスで言葉尻を塞ぐ。何やら腹が立ってきた。
「俺のこと、好きだろ?」
希々は頬を朱に染め、目を逸らした。
「い、言わせないで」
「言わねぇなら足腰立たなくなるまでキスするぞ」
「お、横暴! 景吾くん横暴!」
「何とでも言え」
「ん……っ」
唇を追いかけてひたすらバードキスを繰り返すと、次第に希々の抵抗が薄れ始めた。
「ぁ…………、」
深いキスをしなかったのは単なる意地だ。それでも希々の好きなキスを続けてやれば、鳶色が溶けかけて俺を見上げる。悦楽に蕩け、眦を微かに潤ませるこの表情は俺が一番満たされる顔だ。勿論本人には口が裂けても言わないが。
「……俺のこと、好き……だろ?」
重ねて問うと、とうとう希々は観念したのか小さく頷いた。
「…………好き…………」
「じゃあ幸村とどっちが好きだ?」
希々が目を伏せる。
「それは、…………わから、ない…………」
わからない、と言わせるまで来たのかと思うと充足感が生まれた。
「……そのうち俺様しか見えねぇようにしてやるよ」
「景吾く、……っ」
重なった唇の間から吐息が漏れる。
「ふ、……」
呼気をさらう長い口づけを交わすと、微かな声が喉を震わせた。触れるだけのキスでも深いキスでも、希々は時間が長いものに弱い。散々してきたのだから俺は希々の弱いところも好きなところも知り尽くしている。
今は夜のキス時間ではない。
しかし希々が嫌がらないなら、責められる謂れはない。
俺は希々の後頭部と腰に手を回し、ベッドに押し倒した。長い髪を梳きながら片手を繋ぎ、口づける。
「っ…………、」
指先に力を込めると、弱々しく握り返してくるところが堪らない。このまま勢いに任せて俺のものにしたいくらいだ。希々に触れる度、毎日思う。
俺だけを見ればいい。
俺だけを感じればいい。
「……っん、」
そっと怖がらせないよう、髪から華奢な身体へと指を下ろしていく。肩やくびれたウエスト、腰を洋服越しに確かめた。
まだ誰のものにもなっていない綺麗な身体。
その身体に触れていいのは俺だけだ。
俺と幸村の間で揺れているなら、今度こそこちらに引き摺り込んでやる。
「希々……」
「け……ご、くん…………」
俺はキスを止めて、希々の身体を抱きしめた。
「景吾、くん?」
「――好きだ」
「!」
希々が息を飲む。
俺は繰り返した。
「……好きだ、希々」
「……っ景吾く、……」
どこか申し訳なさそうな許嫁に苦笑し、俺は耳元で囁いた。
「……だから早く俺を選べ、馬鹿希々」
何度でも伝えたい。好きだと。
何度でも見たい。その赤い頬を。
――もうすぐ夏休みがやってくる。
俺は初めて希々と過ごす夏季休暇に、密かに胸を踊らせていたのだった。
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