リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*二十二話:惹かれてしまった代償*
私が『少し距離を置きたい』と告げた時、精市くんは切なげに頷いた。『わかったよ。……ごめんね、希々さん』と言い残して。
本当に謝らなければならないのは私の方だ。
私は今、ひどいことをしている。
あれだけ精市くんのことが好きだと、結婚したいと宣っておきながらいつの間にか景吾くんにも惹かれていた。
一度流されて好きだと口にした日以降、景吾くんは夜毎激しいキスを繰り返した。頭の奥が痺れるほどの快感が、キスだけで毎晩与えられる。
日が高いうちは今まで通り、優しすぎるくらい優しい。私を“女の子”として扱ってくれる。しかし夜のキスは違う。私は“女”として求められていた。
最初は戸惑いから。
やがて心地良さから。
今ではあの背筋が浮くようなキスを待ちわびている。
これは、駄目だ。
景吾くんは元々勝手に私のことを追いかけているだけだから問題ないけれど、この状況は間違いなく精市くんへの裏切りだ。
私は心を決めた。
ちゃんと、精市くんに今の気持ちを言おう。こんなふらふらしてる私では、精市くんを幸せにすることなどできない。精市くんの隣に立つことなどできない。
二人に惹かれてしまった、その時点で私はもう、精市くんの恋人たる資格を失っている。
胸はじくじくと痛むけれど、これは全て私が招いた事態だ。せめてこれ以上精市くんに迷惑がかかる前に、お別れしよう。
精市くんを好きだと思う心は嫌だと叫ぶ。でも私は、自分に恥じない生き方をしたい。既に起きてしまったことは取り返しがつかないのなら、今ここからでも誠実な対応をすべきだ。
景吾くんを選ぶわけではない。
それでも二股状態なんて私の良心が許さなかった。
『精市くん、話したいことがあります。空いている休日を教えてください』
そうメールした即日中に、返信があった。
明日私は、初めての恋人に別れを告げる。
未練しかなくても、それが私なりの誠意だったから。
「あん? 幸村と別れる?」
景吾くんは片方の眉を持ち上げた。今日も今日とて私の髪を乾かしてくれている景吾くんの訝しげな表情が、鏡越しに見える。
私は目を伏せて頷いた。
「……うん。明日、お別れしてくる」
「何だ、ようやく俺様の魅力に気付いたか」
「別に景吾くんと付き合うわけじゃないから」
「……何だと?」
私は伏し目がちに呟く。
「そりゃあ……景吾くんに惹かれる気持ちはあるよ。でもやっぱり私は精市くんが好き。……二人が好き、なんて中途半端な状態でお付き合いするわけにはいかない」
しばらく無言で私の髪を乾かしていた景吾くんは、セットを終えると膝をついた。目線が同じくらいになる。
「……幸村には、理由を話すのか?」
私はその綺麗なアイスブルーを直視することができず、俯いて答えた。
「……もちろん。きっと呆れられるし、傷付けるし、裏切り者って……怒られるんだろうけど…………」
景吾くんは私の頬に手を添えて、上を向かせた。
真っ直ぐな視線が問いかける。
「俺のことが好きになった、だけじゃ駄目なのかよ」
「……っ駄目だよ。私が……二人に惹かれるような二股女だって、ちゃんと言う。私が精市くんに嫌われることが最低条件だから」
「……あんた、好きな奴に嫌われたいのか?」
違う。
嫌われなくちゃ、私が諦めきれない。
私は小さく拳を握った。
「……っ精市くんが、好き……! 今の私は彼に相応しくないってわかってるけど、嫌われでもしなくちゃ私、精市くんのこと……っ!」
じんわり涙が滲んだ。
「精市くんのこと、諦められないから…………」
「…………」
景吾くんは私の両頬を包んだまま、唇を重ねてきた。優しくてふわりとした感触に、強ばっていた力が少しだけ和らぐ。
「……俺に落ちるのも時間の問題だからな」
私の心をほぐそうとしてくれたのか、ただの俺様節なのかわからなくて思わず苦笑してしまった。
「ほんとに景吾くんは自信家だねぇ」
「俺様に不可能なんざねぇんだよ。……万が一幸村が希々を諦めなくても――――…………いや、何でもねぇ」
「?」
珍しく歯切れの悪い景吾くんは私を立たせると、ベッドへと連行した。
「明日そんな大事な日なら、今日は早く寝ろ」
甲斐甲斐しく私を気遣ってくれる景吾くんを見て、ぽつりと言葉が零れた。
「……なんか景吾くん、お父さんみたい」
「朝まで抱き潰されてぇのか、アーン!?」
「い、いえっ! おやすみなさい!」
布団を頭から被って、呆れた景吾くんのため息を布団越しに聞く。
それは不安定な心の中にほんの僅か、温もりを与えてくれたのだった。