リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*十八話:温もり*
熱くて熱くて、頭が回らなかった。
私はどうして景吾くんとキスなんてしてるんだろう、と考えて、確か身の潔白を証明するためだったと朧げに思い出す。
「け…………ご、く、」
息も絶え絶えに、捕食者の光を宿したアイスブルーを見上げる。
拘束されているわけでもないのに、まったく身体が動かなかった。四肢に力が入らず、背筋から下腹部がずくんと疼く。
知らない感覚だから怖い。しかしそこに確かな快感があって、私は混乱した。
ベッドに仰向けに倒れている私を見下ろして、景吾くんはふっと笑う。
「……幸村と一線越えてねぇのはよくわかった。こういうキスに慣れてねぇこともな」
「……、」
「希々の方からキスできたから、今回の門限破りは許してやるよ。ただし次はねぇからな」
私は何とか首肯した。
「イギリス行きも、……一旦保留にしてやってもいい」
こくり。
頷くことでしか意思疎通ができない。こんな感覚は初めてだった。
眠気なのか疲労なのか、目が開かない。すぐに眠れそうな気もするし、目を開けることすら億劫なのも事実だ。
必死にこじ開けた私の視界に映ったのは、とても年下とは思えない色気を振り撒く景吾くんの微笑みだった。
しなやかな指が、髪を撫でて頬を擽り、耳を悪戯に掠めて唇を塞ぐ。
「……っ」
それだけで私の身体はぴくんと反応してしまう。
景吾くんは私の様子を見て笑みを深くした。
「……まぁ、今日はこの辺で許してやるよ。その代わり、……――――」
ただでさえ寝不足だった私は内容も確認できず、頷くが早いか気絶するように寝落ちていた。
***
ふわふわ、あったかい。
気持ちいい。誰かが優しく髪を撫でてくれている。
精市くん、じゃない。精市くんは私の頭を撫でたりしないもの。
「……希々……」
あぁ、この声は景吾くんだ。小さい頃……まだイギリスにいた頃、私の膝でうたた寝する彼の頭を撫でてあげた。その時の手つきと似ている。景吾くんが私の髪を撫でるリズムは心地いい。
「景吾、くん……?」
私はぼんやり目を開いた。
景吾くんはベッドの端に腰掛けていて、私の頭は彼の膝に置かれている。所謂膝枕状態だ。
普段なら恥ずかしいと起き上がっているところだが、半ば夢現の私は景吾くんの温かい太腿に頬を擦り寄せた。
「けーごくん、……おっきくなったねぇ……」
髪を梳いていた指先が耳を軽く引っ張る。
「……何寝ぼけてやがる」
「ふふ、おこってもやさしーんだ」
「俺はいつでも優しい」
「そーだね……けーごくんはいつもやさし……、…………あれ、私寝ちゃってた?」
ようやく戻ってきた意識で景吾くんを見上げる。景吾くんはため息をついて時計に目をやった。
どうやらあれから私は一時間ほど寝入っていたらしい。
「ごめん、膝借りちゃった」
起き上がろうとした私だが、景吾くんに腕を引かれて再び彼の膝に戻る。
「景吾くん?」
「昔……」
景吾くんは懐かしそうに遠くを見る。
「昔は、逆だったよな」
私と同じことを景吾くんも思い出していたようだ。何やら感慨深い。
「……そうだね。あの頃の景吾くんは可愛かったなぁ」
「今はどうなんだよ」
「今は格好い…………か、格好付けてるよね」
思わず格好いい、と本音が出そうになって慌てて誤魔化した。景吾くんは格好いい。そんなこと景吾くん自身もわかっている。
私が躊躇ったのは、精市くんという恋人がありながら他の男性を褒めていいのかわからなかったからだ。
そんな私の思いなど承知の上なのか、景吾くんは首筋を擽ってきた。
「ちょ、くすぐった……っ」
「……言っておくが、俺の膝に勝手に乗ってきたのは希々だからな」
「え?」
「寝落ちる直前、俺の脚の上に頭乗せて腰にしがみついてきたんだぞ」
「……ぇえ!?」
一拍遅れて私は声を上げた。
「幸村と間違えてんなら無理矢理にでも起こしてやるつもりだったが、寝ぼけながらも俺の名前を呼んでたからな」
許してやった、と鼻を鳴らす景吾くんを見て、じんわりと胸が温かくなった。
「……幸村とは仲直りできたのかよ」
「……うん。景吾くんのおかげだよ」
「…………希々が泣かないなら今はそれで我慢するけどな。とりあえず約束は守れよ? 寝落ちる前に聞いたからな」
そう言えば、景吾くんの言葉を最後まで聞けずに意識がブラックアウトしたんだった。
私は恐る恐る景吾くんを上目遣いで見つめ、「……えと、その内容……もう一回教えてもらってもいい……?」と直球に尋ねた。
景吾くんはその質問が来るとわかっていたようで、少し呆れた顔をして私の髪をくしゃりと撫でた。
「次から連絡だけはつくようにしておけ、っつったんだよ。自覚が足りねぇようだが、希々は世間に俺の許嫁として周知されてんだ。何か事件に巻き込まれたんじゃねぇかと心配して……肝が冷えた」
「……っ!」
予想だにしない優しさに、胸がとくん、と音を立てた。精市くんのことしか考えられなかった私を責めるどころか、心配してくれるなんて。
本当に景吾くんは優しい。
私は思わず景吾くんの腰に抱きついて何度もこくこくと頷いた。
「……馬鹿希々」
そう言った景吾くんは、愛しさを隠そうとしない微笑みを浮かべていた。