リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*十七話:確かめさせろ*
『景吾くん、ごめんなさい。今日は精市くんの家に泊まります』
その一言だけを送りスマホの電源を切ったのだろう。音信不通になった翌朝希々は帰ってきた。
そして現在。
「ねぇ、景吾くんってば……!」
俺は拗ねて希々を無視している。大人げない、子供の癇癪、好きなように言えばいい。俺は本気で虫の居所が悪いのだ。
門限は守れと言ったのに。
夜だけは俺が独り占めできていたのに。
キスを許されるようになって触れ合う時間が増えて、俺は本当に嬉しかったのに。
それが何だ?
幸村の家族は旅行に出掛けていて、一晩中二人きりだっただと?
冗談じゃない。
希々が笑ってくれるならと敵に塩を送った前日の自分を蹴飛ばしてやりたかった。こんなことなら助言などせずに二人の関係が壊れるのを待てば…………よかった、と言えない自分にも腹が立つ。
「景吾くん……! 何か言ってよ!」
同じ部屋、いつもより距離を置いた俺は意地でも希々と目を合わせない。
「私、イギリス行きになるんでしょ!? その前にちゃんと景吾くんにも謝らせて!」
イギリス行きになんかさせるか、馬鹿希々。むしろ責任取ってさっさと俺のものになれ。襲うぞこの鈍感女。
希々は一言俺に謝れば、さぞやスッキリできるだろう。これでイギリスに行くことになろうと、俺を裏切った罰を受けるだけなのだ。自業自得、仕方ないと納得できる。だがそんなことで罪悪感から解放してやるほど俺は甘くない。
昨夜一人この部屋で過ごした孤独感も、無駄に考えすぎて一睡もできなかった無力感も、『ごめん』の一言でチャラになど絶対にしてやらない。
「景吾くんってば!」
掴まれた腕を振り払い、俺は徹底して無視を決め込んだ。かかずらうつもりがないと示すため、ベッドに腰掛けて適当な小説を捲り始める。
「……っ景吾くんの馬鹿!!」
希々が叫んで俺の視界から消えた。
直後、背後から抱きつかれて俺は思わず本を取り落としてしまった。
「っ、」
柔らかい身体がぴったり背にくっついている。非力な希々にとってこれは恐らく、全身全霊の羽交い締めなのだろう。
「なんで何も言ってくれないの!? 私だって昨日、楽しいだけじゃなかったんだよ!? ……っ精市くんといられて嬉しかったけど、景吾くんはどうしてるんだろうって思うたび胸が痛かった!!」
「、」
「いつも一緒に寝てる私がいなくて寂しい思いしてないかなとか、何か変なことしてるって誤解されてないかなとか……っ!」
予想外の台詞に、俺は息を飲む。
「わ、私だって、ちゃんと悩んだよ! 考えたよ!! だから、」
「――本当に幸村とは一線を越えてねぇのか」
腕の力が強くなった。
「越えてない! 何もしてない!! 本当に、一緒に眠っただけだよ……!!」
いつになく必死な声からは、嘘をついているようには感じられなかった。
俺は振り返らず告げる。
「……なら、確かめさせろ」
希々は即答した。
「いいよ。私は何をすればいい?」
俺もすぐさま返す。
「希々から俺にキスしろ。……深い方のな。そうすりゃわかる」
「…………へっ?」
腕の力が緩んだ瞬間、俺は振り向いて希々の唇を奪った。
吐息をさらって、淡々と言葉を繋げる。
「やるなら会話くらいはしてやるよ。やらねぇなら俺はあんたを無視し続ける。これ以上喋るつもりはねぇ」
「……っ!」
真っ赤になった希々を見れば、昨夜何もなかったことはすぐにわかった。しかしこれは絶好のチャンスだ。希々からキスをしてもらえる。ついでにここで俺の機嫌が直ったことにすれば、自然に許してやれる。イギリス行きの話も今回だけはと見逃してやることができる。
俺は期待に膨らむ鼓動を抑え平然を装った。目だけを細め、言い捨てる。
「やるのかやんねぇのか早く決めろよ」
「…………っ」
希々は真っ赤になって口をぱくぱくさせた。まるで金魚のような顔に吹き出しそうになるのを鋼の意思で堪える。
やがて希々は戦慄く唇を開き、「や、やる」と言った。
何故こうもこの許嫁はツボをついてくるのか。そんな表情でそんなことを言われたら、俺でなくとも加虐心がそそられる。
「あの、目……閉じてて、ね」
俺は注文通り目こそ閉じてやったが、ふっくらした唇の感覚をゆっくり堪能した。どうしたらいいかわからない、と言いたげな様子にも知らないふりをする。
何度も唇が押し付けられ、啄まれる。小動物のような一連の流れに、それこそ悶えたい自分を律した。
可愛すぎるだろうこの馬鹿。
などと俺が思っていることを知る由もない希々は、泣きそうな声を出す。
「あ、あの…………く、口……開けて…………」
言われるがまま軽く口を開いてやれば、初心者丸出しの遠慮がちな舌が入ってきた。俺の両肩に置かれた手も震えている。
怯える舌が僅かに触れ合い、控えめに歯列をなぞってくる。
もっと奥まで来いよ。
そんなんじゃ足りねぇ。
あんたの唾液も快感も俺は貪り尽くしたい。こんなお遊びじゃ満足できねぇぞ。
「ん、…………っ」
希々の舌先がちろりと俺の舌先を擽る。明らかに慣れていない素振りに、俺は口角を上げた。
今度は俺の方から希々の身体を抱きすくめ、舌の動かし方を導いてやる。
「んんぅ…………っ、はっ、ぁ…………っ!」
上顎の性感帯を何度もなぞり、縮こまった舌を柔く吸う。食んで味わって歯列の裏を丁寧に辿る。
「ぁ、ん…………ふ、ぁ……」
希々は5分と経たず力を失い、俺にされるがまま深いキスを覚えさせられていく。融けた眼差しが揺れ、縋るように見上げられる。
「け…………ご、く…………っぁ、ん……っ、」
躊躇いがちな喘ぎ声と荒い息遣いが部屋を満たす。くちゅ、という水音も衣擦れの音さえも、俺の欲を煽る。
希々は俺の舌遣いを真似ては熱い吐息を漏らし、薄く目を開いた。
あの日幸村に見せていたものよりも色気に溢れた、蕩けた表情。堪らない。もっと見たい。もっと溶かしたい。
絡み合う体温と激しさを増す口づけ。互いの間にある全てを押しのけるよう舌を擦り合わせ、どちらのものともつかぬ唾液を飲み込む。
最早希々は全身を俺に預けていた。
「ん、……っ、んぁ…………」
むせかえるような甘い色情が部屋を濃く染め上げる。抵抗のない身体をベッドの上に押し倒し、俺はキスに夢中になった。
希々はこのキスに慣れていない。なら、俺で慣れさせてやる。これからは夜のキスにも選択肢が増えた。
俺への罪悪感があるとはいえ、希々は自分から俺にキスをした。一度したなら二度目以降は抵抗も薄れる。時に優しく時になし崩しに、俺はこの関係を利用する。
「…………幸村とは何もなかった……って、信じてやるよ」
「ふ……、ぁ…………っ」
頬に触れただけで小さく痙攣する希々を見て、俺は軽く喉を鳴らした。
なぁ幸村。
お前は希々のこんな顔、知ってんのか?
キスマーク一つ付けずに帰したこと、後悔しても遅いからな。
お前は精々清く正しい付き合いをしてろ。
希々の“これから”を貰うのは――――俺だ。