リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*十三話:恋人の資格*
景吾くんはその日を境に、私に無理強いをしなくなった。むしろ、何と言うか……優しくなった。
俺がやりたいんだ、と言って髪を乾かしてくれる。荷物を持ってくれる。時間が合えば迎えに来てくれる。キスをする時も、私を怖がらせないような距離を保ってくれる。
家の中が平和になって、今度こそ私は精市くんのことだけを考えられるようになった、と思ったのに。
どうしてこうも世の中というのは上手くいかないのだろう。
「……希々、好きだ。愛してる」
「……っ!」
いつものように寝る前にキスをした後、景吾くんは私の頬を撫でて言った。私を見る視線があまりに優しくて愛しさを隠そうともしないものだから、思わず心臓がどくん、と音を立てた。
「そ……っそういうこと、今までの彼女さんにも言ってきたんでしょ?」
景吾くんは見たことのない大人びた笑みを口の端に乗せる。
「俺は今まで両親以外に愛を伝えたことはねぇ。もちろん過去の恋愛でもな」
「……っ!」
「……幸村のために泣く希々を見た時は死ぬほど悔しかった。だが、……俺を思って希々が泣いてくれた時、俺はこの感情の名前を知った」
アイスブルーが私を映し、微笑む。
「胸が痛かった。同時に思った。心底、希々のことが愛おしいと」
「……っ!!」
やめて。そんな目で見ないで。そんなことを言わないで。愛してる、なんて、精市くんにしか言われたことがないのに。
景吾くんの気持ちは嘘だと、からかっているだけなのだと、もうそんな逃げ方はできなかった。
「何だろうな……。希々を取り戻してやるっつー気持ちは変わらねぇが、理由が変わった」
「……り、ゆう?」
景吾くんは私の髪を撫でて今度は額に口づけた。
「俺の方が希々を知ってる。俺は希々のためなら跡部財閥を捨ててもいい。……その覚悟がある俺の方が、希々を幸せにできると確信したからだ」
私は息を飲む。
景吾くんが跡部財閥を離れることまで考えたなんて、知らなかった。
それも、私のために?
「俺は今まで、誰かのために何かしようと考えることはあったが、誰かのためなら何かを捨ててもいいと考えたことはなかった。……初めて思ったんだ。希々が一般人として暮らしたいなら、俺は勘当されてでもその願いを叶えてやりたい」
「景吾、くん…………」
こめかみにキスが落とされる。
最近、気付いた。
景吾くんは私と一定時間キスをした後、唇へは触れない。足りないと思った時は額や頬に口づけることで我慢してくれているらしい。
景吾くんなりに私を気遣ってくれていると知って胸が締めつけられた。
――あいしてる。
同じ言葉なのに、景吾くんから聞くその言葉が心に刺さった。
痛い。苦しい。
だって私は精市くんに愛をあげるどころか、彼から青春を奪っているのだ。今もなお、現在進行形で。
高校生なら憧れるデートも、周囲への報告も、手を繋いで歩くことさえ私は精市くんに我慢させている。本当にこのまま、精市くんと付き合っていていいのだろうか。
ようやっと私は現状を理解した。
私は精市くんの痛みにも景吾くんの気持ちにも気付かず、ただ恋をしていた。自分に与えられた幸せを一方的に享受しているだけだった。何一つ疑問に思うことなく、ただ毎日を過ごしていた。
この愚かな私に、精市くんの隣にいる資格などあるのだろうか。精市くんの隣にいることを許されるのだろうか。
「……っ」
涙が込み上げる。
どうしよう。今からでも彼を解放してあげるべきなのだろうか。これまで重ねてきた彼の痛みには及ばなくても、そうすれば少しは何かを返せるのだろうか。彼の未来をこれ以上奪わずに済むのだろうか。
考えただけで怖くなり、口元を手で覆う。震える吐息を察した景吾くんが、私をふわりと抱きしめてくれた。
「勘違いすんな。愛情に定義なんかねぇよ。これはあくまで俺の話だ。希々があいつを大切だと思ってんなら、愛してるって言っていいんだよ。あいつはそれだけで喜ぶだろ」
「…………っ」
景吾くんは、私の迷いを消すために恋愛相談にまで乗ってくれた。『好きな女と別の男の惚気話は辛い』と言っていたのに。
どう考えても景吾くんの方が愛を知っていて愛を持っていた。
私は、何を持っているのだろう。
私は、何を精市くんにあげられるのだろう。
――――私は、精市くんの恋人でいてもいいのだろうか。
目の前が暗くなった気がした。