リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*十二話:好きだ*
この自己中女。口を開けば精市くん精市くんとそれしか言わない。好きな女の口から別の男との惚気話を延々と聞かされる俺の身になれ、この馬鹿女。
「……俺は希々が好きだ。本気で、結婚はあんたとじゃなきゃ嫌だと思ってる。幸村にはやれねぇ。元々希々は俺の許嫁だ」
「けい、ご、くん……」
口づけても、今日の希々は唇を拭おうとはしなかった。
わかっている。希々にしてみれば今まで幸村と過ごしてきた日々が日常なのだ。俺はあくまで親同士の口約束で決まった許嫁で、家族のような存在。ある意味恋愛とは最も遠いところにいた。そんな俺の態度が突然変わって戸惑いはしても、実感など微塵も湧かないだろう。
「この期に及んで格好悪いもクソもねぇ。……んな泣きそうな面してんなら、俺の想い……洗いざらい聞いてもらおうじゃねぇの」
「……っ」
押し倒したまま、希々の頬に触れる。
「あの日幸村とあんたのキスを見て、俺は初めて希々への感情が恋情だと気付いた」
「そ、んな……つい最近…………」
「それまで自覚できなかった俺はただの馬鹿野郎だ。だが俺は、悔いるより先に希々を振り向かせるため足掻くことを決めた」
希々は息を飲んだが、逃げようとはしなかった。
俺は思いの丈を口にしていく。
「……希々の髪が好きだ。希々の香りが好きだ。希々の声が好きだ。希々の顔が好きだ」
「……っ、」
「希々の目が好きだ。希々の全部が好きだ。……毎日毎日、夢を見る。あんたの夢だ。同じ部屋にいるのに、隣で寝てるのに、毎日顔突き合わせてんのに……俺は毎日、希々の夢を見る」
本当ならこの場から立ち去りたいだろうに、希々は視線を逸らさなかった。まるで俺の想いを受け止めようとしているかのように。
「休み時間、ふと希々を思い出す。会いたくなる。……だがあんたの口から幸村の名前が出るたび、俺の告白は届いてねぇんだと思い知らされる」
俺の告白は本気だととらえられていなかった。だから希々は、家族に話す感覚で俺に幸村の話をしていた。それくらい、俺にだってわかっていた。
俺は男として意識させる努力だけでなく、この気持ちが本気なのだと伝える努力もしなければならなかったのだ。
「ご、め…………景吾く、ごめ、」
「謝って欲しいわけじゃねぇ。……教えてくれ。希々は幸村のどこを好きになった? あいつのことが本当に好きなのか? 愛してるのか?」
「、」
「本当に俺が入る隙間は欠片もねぇのか? 希々の中で俺は絶対に弟以上にはなれねぇのか?」
希々は眉を寄せた。困惑して瞬きを繰り返す。
「わ、私は…………精市くんの、全部が、好き。景吾くんが言ってた気持ちと、一緒。愛してる、って……どういう感情なのかわからないから、安易には答えられない、けど…………すごく、大切に思ってる」
「……あぁ」
「最近になって景吾くんがいきなり強引になった理由、は……わかったような気がする、けど、……正直……実感がないの。景吾くんは私にとって、ずっと家族みたいな存在だったから。派手好きな景吾くんは、派手な美人を好きになってそういう人たちと大人な恋愛をしてるって……ずっとそう思ってた、から……」
初めて俺達は本音を交わしている。あんなに長い間一緒にいたのにだ。俺は自分の心が満たされない理由について熟考することもなく、怠惰に過ごしていた。
「……そりゃ、そうだよな。…………突然信じろって方が、無理な話だよな……」
俺がもっと早く自覚できていれば、そしてそれが希々と幸村の出会いの前だったなら、こんなに拗れることはなかった。
あの日から何度思ったか知れない。それでも所詮叶わぬ願い、仮定の妄想に意味などない。
希々は、自嘲の笑みを浮かべる俺に手を伸ばした。
「今から、信じるから。ごめんね、景吾くん……ちゃんと信じるから……。だからそんな顔、しないで…………」
どれだけ情けない面を晒していたのか考えたくもなかったが、希々の大きな瞳からすっと涙が落ちて、俺は柄にもなく動揺した。
「っ、何で希々が泣くんだ」
「わ、わかんない。何だか景吾くんが悲しそうで、胸が痛くて……」
「……っ!」
こんなどうしようもない俺に同情して、やっぱりこいつは馬鹿女だ。
俺は希々の腕を引いて起こし、そのまま抱き締めた。
「……もし俺に1ミリも可能性がなくても、弟以上になれねぇとしても…………希々を諦めきれない俺を、許してくれるか……?」
俺の背にも、細い腕が回された。合意上の初めての抱擁は、どんな女に触れた時にも感じられなかった切ない痛みを伴った。
「……うん。許してあげる」
胸が疼く。瞼の裏が熱くなる。
「希々、好きだ。…………愛してる」
初めて口にした陳腐な言葉は、この苦しみと愛おしさを意味するのではないかと思った。