リジー・ボーデン(跡部vs.幸村)
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*八話:忘れさせてやる*
朝に好きなだけ希々の唇を奪った俺は、少し機嫌が良かった。
とは言え今希々と幸村はきゃっきゃイチャついているわけで、俺はリビングの時計を秒単位で確認していた。門限は18時。遅れようものなら仕置きが必要だ。
そんなことを考えていたら、18時まであと30秒のところでインターフォンが鳴った。
「ちっ」
余程イギリス行きが嫌なのか、希々は門限を守って帰ってきた。
「……ただいま」
「ギリギリだが門限は守ったな。そんなに俺様に早く会いたかったのか?」
「…………」
先刻まで恋人と過ごしていたにしては、希々の表情は浮かない。茶化した俺に言い返すこともせず、そのまま洗面台へと向かってしまった。
「……んだよ。調子狂うぜ、まったく……」
俺は髪をかき上げ、ため息と共に自室へと戻った。
まぁ俺の自室は今現在希々の自室でもあるわけなので、程なくして彼女も部屋に入ってくる。
俺は皮肉を込めて問いかけた。
「どうだったんだよ、幸村とのデートは」
「どうって……楽しかったよ」
希々は伏し目がちにそう答えた。
「楽しかった、って奴の面じゃねぇぞ。何かあったのか?」
希々は硬い声で呟いた。
「景吾くんには関係ない」
思わずカチンとくる。
「俺はあんたの許嫁であんたに絶賛片思い中だ。それで関係ないってか? ふざけんな」
希々は何も言わず、俺に背を向けたまま座り込んで荷物の整理を始めた。
「……っおい希々、」
部屋着の希々の肩に手を置いた時だった。
「っ触らないで!!」
俺の手を振り払った瞳が揺らいでいた。希々は自分で自分の声量に驚いたのか、手を引っ込めて目を伏せた。
「……ごめ、ん…………」
朝の元気はどこへやら、項垂れる希々を見て本気で心配になってきた。
「本当に、何があった? 幸村に何か言われたのか?」
希々は俯いたまま、何度も首を横に振る。俺は重ねて訊ねる。
「あいつに何かされたのか?」
今にも消えそうな声が聞こえた。
「ち、がう…………」
やがて華奢な肩が小さく震え始めた。希々の膝に、ぽたぽたと雫が落ちる。
「……っ!」
どうしたらいいのかわからなくなった俺は、咄嗟にその身体を抱き寄せていた。
「……あんたを泣かせたのが幸村なら、俺はあいつを殴りに行く」
「違う……!」
希々はばっと顔を上げた。
俺を見上げる目が、悲しげに歪められていた。
「せ、精市くん、は、何も……変わらない、の。わ、私が、いけない、の……!」
こぼれた涙を指先で拭ってやる。希々は声を詰まらせた。
「景吾くんの、キスなんて……っ忘れれば、いいのに、できなくて、精市くん…………っ!」
「、」
「一緒にいる、時は……っ、精市くんのこと、だけ、考えてたいのに…………っ!」
鳶色の瞳から伝う雫は部屋の明かりに反射して、光を纏いこぼれていく。
「精市、くん、精市くん…………っ!」
「……っ!」
俺のキスを忘れられないと言いながら、あいつの名前を呼ぶ。美しい滴はあいつのために流されたもの。あいつのために泣かれるくらいなら、俺が責められた方が百倍ましだった。しゃくり上げる希々に、言葉にならない感覚が込み上げる。
「っ、」
衝動のままに口づけようとしたが、希々は弱々しい力で俺の胸を押し返した。
「ゃ……めて、おねがい…………。精市くんのキス、忘れたくないの…………」
「っ!!」
大人で紳士な“精市くん”ならその頼みを聞いたんだろう。しかし俺は生憎これが初恋な上に余裕がない。神経を逆撫でする一言で呆気なく自制心は散った。
希々の腕を掴み、噛み付くように口づける。
「ん……っ、ゃめ、っ!」
他に希々の頭から幸村を追い出す方法が思いつかなかった。軋む胸の音を消したくて、夢中で眼前の唇を貪る。希々の腕が力を失っても、柔らかな髪を掻き乱しながらキスを続けた。
「…………っゃ、け……ご、く」
駄目だ。そう頭ではわかっているのに、身体は全く言うことをきかない。結果俺は希々をベッドに押し倒し、頤を持ち上げてキスを深めていた。
苦しそうに呼吸する唇の隙間から漏れる吐息にさえ苛立つ。止まらない。止められない。
じたばた暴れる両手を押さえ付け、両脚の間に膝を捩じ込む。
「……っは、ぁ…………っ!」
何故俺はこいつに優しくできないのだろう。タイムリミットがある、などという理由だけではない。希々を前にすると、触れたくて暴きたくて我慢がきかなくなる。心も身体も俺のものにしたい。
「――俺を拒絶するのか?」
そう言えば、希々は目を見開いて動きを止める。
「幸村のキスなんて忘れさせてやるよ。あんたは俺のキスだけ覚えてればいい」
「……っひ、どい…………」
「最初に他人のもんに手を出した幸村が悪い。……覚えておけ、希々。俺はあんたを手放すつもりは毛頭ない」
希々の涙が重力に従い、ベッドへと吸い込まれていった。