ソロモン・グランディ(跡部vs.不二)
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*七話*
彼女の誕生日当日の朝。希々に会いたくないと言われた。想定内の出来事に僕はため息をつく。
普段の鬱憤を晴らしたくて先に挑発したのは僕だけれど。
昨夜パーティーがあるとは聞いていた。恐らくそこで跡部は自分の想いを伝えたんだろう。当然希々は混乱して僕とのデートどころじゃなくなる。
希々は大学を休んで部屋に引きこもっているらしい。会いたくないなら連絡もしなければいいのに、部活を休みますと連絡してくる辺りにかすかな希望を見出してしまう。
だって、希々。君は今、誰かに相談したくてたまらないだろう?
そしてそれができる相手は、僕しかいない。
そうなるように仕向けてきたんだ。タイミングは外さない。
僕は彼女に通話をかけた。
『………………はい……』
「誕生日だっていうのに、お通夜みたいな声だね」
『不二、先輩…………っ!』
泣きそうな声に、つい喜びを感じてしまう。
「……ねぇ、希々は僕に会いたくないんだよね」
『…………っ違う、んです……っ!』
「……うん、知ってる。だから、会いに来たんだ」
『……!』
僕は初めて来る藍田家の二階を見上げた。カーテンが開いて希々が窓から身を乗り出す。
「不二先輩……っ!」
「やぁ。僕を中に入れてくれる?」
頷いて希々は玄関まで駆け下りてきた。目尻を赤くして、僕を見るなり堪えきれなくなったように泣き出す。
その頭を優しく撫でて尋ねる。
「……親御さんは?」
希々がかぶりを振った。つまりこの家は今無人なわけか。好都合だ。
「……中で話してもいいかな?」
希々は少し躊躇ったものの、小さく頷いた。
「何も、お構いできなくて、ごめん、なさい……」
昨夜から泣いてばかりだったのだろう。鼻声でそう言われて、僕はもう一度彼女の頭を撫でた。
「……誕生日、おめでとう」
「…………もどりたい…………何も、知りたくない…………」
全部聞いてあげる。
全部受け止めてあげる。
だから、話してごらん。
彼女の首肯と共に、藍田家の扉が閉まる音が閑静な住宅街に響いた。
***
希々の部屋に通された僕は、彼女の匂いに満ちた空間に目を細めた。
「…………景ちゃん、私に…………結婚して、って……言ったんです」
希々は膝を抱え、身体を縮めた。
「ずっと…………好きだった、って…………」
僕は彼女の隣に腰を下ろし、相槌を打つ。
「……うん」
「…………小さい頃お嫁さんにして、って言った約束、…………忘れたこと、なかった、って……」
「……うん」
吐き出す悲しみを、ただ受け止める。
「……景ちゃんは、私の……初恋の人で、……でもお兄ちゃんで、…………大好き、なのに……」
「……うん」
「け、景ちゃん…………っ、結婚しないなら、…………っもう、会わない、って……!!」
「…………うん」
跡部の選択は正しい。潔い、と言うべきか。
自分の手を取るか振り払うか、どちらかにしろという実に男らしい意見だ。
でも、それをことこの子に強いたのは過ちだったと言わざるを得ない。
散々甘やかしてきたくせにこんな大事なところで突き放したら、一人で抱えられなくなると何故わからないのか。それとも跡部はああ見えて意外と加虐嗜好でも持っているのか。
僕としてはどちらでも構わない。
完璧に見えた跡部の、唯一の悪手。
まぁ、僕が挑発したことで余裕がなくなって、自分の恋心を制御できなくなって自滅しただけだろうけど。
思わず喉の奥でくつり、と笑う。
「……希々は、どうしたい?」
「……っ戻りたい…………っ! 何も聞かなかったことにしたい、パーティーに行かなかったことにしたい! ……景ちゃん…………っ!!」
タオルを顔に押し付け、希々は声を押し殺した。
「……っぅう…………っ!」
普段見ることのない部屋着。無防備な背中をそっと抱きしめる。
「…………君が跡部を失いたくないのは、どうして?」
「…………っわか、らない……、」
「……そうだよね。君はわからないから、僕に相談していたんだ。…………だったら、わかるようになる簡単な方法があるよ」
希々がぴくり、と動きを止めた。
迷っている人間に必要なものは正論じゃない。断言だ。
希々はおそるおそる顔を上げた。大きな瞳からこぼれ落ちる雫を拭って、微笑む。
「跡部と同じように、僕を頼ればいい。僕に甘えて僕を独り占めしていい。…………そうしたらわかるよ。僕と跡部の違いも、跡部への感情の答えも」