ソロモン・グランディ(跡部vs.不二)
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*六話*
パーティー会場に着くと、何故かひどく焦った様子の景ちゃんに抱きしめられた。
「良かった……お前が来てくれなかったら、どうしようかと……」
「? 私の成人記念パーティーなのに、私が来なかったら意味ないでしょ?」
痛いくらいの力に身動ぎすると、景ちゃんはぽつりと呟いた。
「……そう、だよな…………」
今の私は、膝丈のドレスを着ている。景ちゃんが成人した時もそうだった。跡部家は何かあるとドレスコードのパーティーを開きたがる。こんな服を着るのは親戚の結婚式以来だと思って、くすっ、と笑みがこぼれる。
景ちゃんは私を離して少しだけ悲しそうに微笑んだ。
「……希々、誕生日おめでとう。綺麗になったな」
「ほんと!? 景ちゃんに言われたらうれしくなっちゃう!」
「……そうか?」
「だって景ちゃんは私の知ってる人の中で、一番綺麗だから!」
後ろから、他の親戚の人たちが私の名前を呼ぶ。私は振り向いておじさんおばさんに笑顔を向けた。
「希々ちゃん、20歳のお誕生日おめでとう!」
「立派になって……!」
「希々ちゃん、綺麗ね。もう一人前のレディじゃない」
私は照れ隠しにわざと元気良く答える。
「でしょー! これで私、もう大人なんだから!」
私が綺麗だと褒められる理由の一つは、このドレスだと思う。景ちゃんが選んでくれた、20歳のプレゼント。
……もう、20歳。私は子供じゃなくなる。本当に従兄離れしなければならない。
いつも優しかった景ちゃん。
大好きな景ちゃん。
その手は、私のために空けられているわけではない。その優しさは、私だけのものではない。知っているから私は覚悟を決めてきた。
時計を見る。ちょうど夜の12時まであと5分。私が大人になるまで、あと5分。
「……っ景ちゃん!」
私は親戚の波を掻き分けて景ちゃんを捜した。
「希々」
すぐに応えてくれる、低くて心地良い声。
綺麗で王子様みたいな、初恋の人。
最後かもしれない抱擁に、私はぎゅっとしがみついた。
「景ちゃん、大好きだよ……っ」
例えば景ちゃんが結婚しても。
景ちゃんが私以外のひとと手を繋いでも。
「ずっとずっと……大好きだよ……」
メイクがスーツについてしまう。だけど誕生日なのだから最後くらい許してほしい。
そんな我儘な思いで抱きついた私の手を取り、景ちゃんは口の前で人差し指を立てた。
静かにしろ、の意に頷く。と、景ちゃんは私の手を引いてホールを出てしまった。
「あら、景吾くん。希々ちゃん」
「希々ちゃん、おめでとう!」
「希々ちゃん、今度は一緒にお酒が飲めるわね」
廊下ですれ違う親戚のみんなに笑顔で会釈して、景ちゃんは彼らの横を通り過ぎる。
「景ちゃん…………?」
連れて来られたのは馴染み深い景ちゃんの部屋だった。
促されるままに中に入った瞬間。
12時を告げる、鐘が鳴った。
私が、大人になった。
「……」
景ちゃんが大人になった時はすごいとしか思わなかったけれど、自分がなるとこんなものなのか、と思った。
何も変わらない。何が起きるわけでもない。ただ、私の権利が失われただけ。
私は深呼吸して目を閉じて、ゆっくり目を開いた。景ちゃんのアイスブルーの瞳をしっかり見て告げる。
「景ちゃん、今まで――――……っ!?」
最後まで言わせてもらえなかった。
呼吸すら苦しいくらい強く抱き締められる。
「け、いちゃ、」
「希々、好きだ。愛してる」
「……? うん、私もだよ?」
「…………っ!」
後頭部と腰に、大きな手が回される。どうしたの、という声は景ちゃんの唇に飲み込まれてしまった。
***
誕生日おめでとう、と。
告げる前にわかってしまった。この従妹は俺から離れるつもりだと。今までありがとう、そんな別れの台詞に耐えられるはずがない。
親愛と恋愛の狭間で揺れる希々を待ってやるなんて選択肢は、頭から消えていた。
本当ならもっとゆっくり伝えていくはずだった愛情が、堰を切ったように溢れ出す。
理性が働かない。自力で止められない。
何が起きたかわからない希々が、遅まきながら現実に気付き目を見開いた。
「けい、ちゃ…………っ、」
手のひらで柔らかな髪を掻き乱し、声も呼吸も飲み込むように口づける。反射的に逃げようとした細い腰を抱き寄せて、混乱する希々と身体を密着させた。
「けぃ……っちゃ、んんっ!」
角度を変えて何度も唇を重ねる。夢見たその感覚は熱くて快くて。
力を失っていく従妹を気遣う余裕もなく、欲望のままキスを深めた。頬を染め、肩で息をする艶めいた表情に欲情が止まらない。
「は、……んぅ…………っ!」
希々の唇の端から端まで、自分の証を刻むように吸う。俺のものにしたい。俺だけのものに。
「……っ!」
髪を梳くだけでは満足できず、キスをしながら指先で希々の耳を擽る。肌にもっと直接触れたい。白い首筋を撫でて、ドレス越しに背中をなぞる。そのたび跳ねる肩が俺の熱を燻らせた。
「け…………ちゃ…………」
やがて希々はかくっ、と膝からくずおれた。腰に回した俺の手がなければ座り込んでいただろう。自力では立つこともままならなくなった従妹を、ふわりとベッドに押し倒す。本当ならこのまま抱きたいところだが。
ちぎれそうな自制心を総動員する。
「……希々。俺はお前の兄じゃない」
「……ぁ…………」
薄く開いた希々の瞳に映るのは、ぎらついた欲を隠そうともしない俺自身だ。
「……お前の望みを叶えてきたのも、お前を守ってきたのも、……俺はお前が女として好きだったからだ」
何度唇を重ねても抵抗はなかった。腕も足も拘束などしていない。くたり、と投げ出された四肢にはもう力が入らないんだろう。
不二からこんなことを先にされていたわけではないと知って、安堵する自分の器の小ささに苦笑した。
「…………希々」
愛しいその名前。だが、俺じゃない奴を選ぶなら二度と呼ぶつもりはない。
「俺の好きは、……俺の愛してるは、こういう“好き”だ」
は、と小さく吐息を漏らす唇に、焦らすように指先を滑らせた。
「ん……っ」
鼻にかかる躊躇いがちな喘ぎ声が、もっと先をと急かす。俺は衝動を何とか押し込めて、希々の左手の薬指を握った。
「ずっと…………ずっと、お前が欲しくてたまらなかった。こうやってキスしたくて、触れたくて仕方なかった」
女の顔をする希々を、もっと見ていたい。この先もずっと隣で。兄としてじゃない。恋人として、そして――――
「……従兄妹同士なら、結婚できるのは知ってるか?」
頷くのがやっと、といった様子の希々の頬に手を滑らせて囁く。
「他の女なんかいらない。俺はお前だけがいればいい。欲しいものは何でもやる。いくらでも甘えさせてやる」
俺のせいで孤独になった希々。その孤独を埋めるのは俺だ。今までも、これからも。
なぁ、そうだろ?
「俺がずっと傍にいるから。希々に寂しい思いなんか、させねぇから……」
吐息が混ざり合う。もう一度唇を塞いで、はっきり告げた。
「俺と結婚してくれ、希々」
時計の針は、とっくに1時を回っていた。